16.星の証明
その本を見つけたのは、偶然だった。
書庫の奥、埃をかぶった棚の一番上。
背表紙に「ヴェルダ王国史」と書かれていた。
カイルは脚立を持ってきて、その本を取り出した。
ヴェルダ。
その響きが、カイルはなぜか気になった。
どこかで聞いたことがある。
いつ、誰から——思い出せなかった。でも、引っかかった。
それだけで、なぜか読まずにはいられなかった。
部屋に持ち帰って、ページをめくった。
ヴェルダ王国の歴史、地理、産業、文化。
どれも初めて読む内容だった。
でも、不思議と懐かしい気がした。
緑豊かな国の描写を読んでいると、文字を追うほどに、知らないはずの景色が浮かんだ。
そしてあるページで、手が止まった。
「王家の血筋と瞳の紋章」という見出し。
読み進めると、こう書かれていた。
『ヴェルダ王家の血を引く者は、晶石の反射光が瞳に当たった時のみ、花のような星型の紋様が浮かぶとされる。これは大地の神に選ばれた証であり、建国以来、王家の血脈が絶えない限り受け継がれると言い伝えられている』
そして、その本には「ヴェルダ伝記」も記されていた。
『むかし、ヴェルダの大河には精霊が宿っていました。
精霊は川の底の深いところに住んでいて、ふだんは誰の目にも見えません。
でも、王家の血を引く者だけは、その存在を感じることができました。
精霊は不思議な力を持っていました。
王家の血を引く者の瞳に、星のような紋様を映すことができたのです。
光の加減によって浮かび上がるその紋様は、まるで夜空の星が瞳の中に宿ったようで、とても美しかったといいます。
そして——精霊は約束をしていました。
紋様を持つ者がこの大地にいる限り、川は輝き続ける。
民の暮らしを支え、花を咲かせ、土を豊かにする。
でも、紋様を持つ者がこの地からいなくなった時——精霊は眠りにつく。
深い川底へと沈んでしまう。
だから、むかしの人々はこう言い伝えていました。
精霊が眠る時は、星が消えた時。
精霊が目を覚ます時は、星が戻ってきた時——と。』
心臓が、ひとつ強く跳ねた。
カイルは本を閉じた。
そして、自分の片耳につけているピアスをそっと触った。
晶石でできたピアス。片耳にずっとつけていたもの。
いつから身につけていたのか分からなかったが、一度も外すことなくずっと身につけていた。
そのピアスを取り、光に当てた。
窓から差し込む午後の光が、晶石の中で複雑に屈折した。
その光が、目に当たった瞬間——。
鏡を見た。
瞳の中心から、花のような星型の紋様が広がっていた。
——嘘だろう…
カイルはしばらく、鏡から目が離せなかった。
本に書かれていたことが、本当だとすれば。
自分はヴェルダ王家の血を引いている。
ではなぜ、ラクリアにいるのか。
なぜ、ガルドの子として育てられているのか。
考えれば考えるほど、頭の中が混乱した。
夜になって、カイルは書庫へ戻った。
「ヴェルダ王国史」をもう一度開いて、王族の記録のページを探した。
国王、王妃、第一王子エルド——そして。
第一王女、消息不明。第二王子、消息不明。
文字が、じっとりと重く見えた。
『消息不明』
死んだとは書いていない。消息不明だ。
自分が生きているように、第一王女も生きているかもしれない。
その瞬間、カイルは姉を探すと決めた。
部屋へ戻ると、人影があった。
「誰だ!」
カイルが叫ぶと、人影は膝をつき、頭を垂れた。
「ジークと申します。泣き国王の命により、あなたを陰から見守っておりました」
「どういうことだ」
「私はヴェルダ国王の影の護衛として仕えておりました。
侵略の日、王子、王女を守るよう命じられ、第一王子の部屋へ向かいました。
しかしエルド王子は既に息がなく、第二王女リーゼ様も行方が分かりませんでした。
そしてあなたは、生きたまま敵軍へ連れていかれました」
カイルは息をのんだ。
知らなかった過去が、静かに胸の内側へ沈んでいく。
ジークは続けた。
「国王の元へ戻った時には、既に倒れられておりました」
ジークの声は、震えていた。
「息を引き取られる直前……陛下は私の腕を掴み、こうおっしゃいました」
カイルは息を呑んだまま、続きを待った。
「『あの子が未来へ進めるよう……影となって支えてほしい』と」
その言葉は、ジークの口からこぼれ落ちるようにして伝えられた。
父王の最期の願いが、そこにあった。
「それが、国王から私へ与えられた最後の任務でした」
ジークは深く頭を垂れた。
「カイル様は幼く、ヴェルダの記憶もほとんど残っておりませんでした。
そのため、姿を見せず影として見守っておりました。
しかし……今回、ご自身のことに気づかれた。
どうか、私にも共に戦わせてください」
その言葉には、長い年月の想いが宿っていた。
カイルは静かに息を吸い、ゆっくりとうなずいた。
「ジーク……これまで見守ってくれたこと、感謝する。
亡き父に代わって、そなたを私の護衛へ任命する」
ジークは深く膝をつき、頭を垂れた。
「その任命、謹んで拝命いたします」
ジークの姿を見つめながら、カイルは思った。
敵か味方か判断できるほどの材料はない。
それでも——彼の言葉には、偽りの影がひとつも見えなかった。
この日、カイルは初めて、自分がひとりではなかったのだと知った。
途絶えたはずのヴェルダの灯が、静かにひとつ息を吹き返した瞬間でもあった。




