↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/24

15.もらってばかり

城へ呼ばれたのは、春の終わりのことだった。


ヴィンセントから「皇帝陛下がお会いになりたいとのことだ」と告げられた時、リーゼは思わず首をかしげた。


皇帝が、なぜ自分に。


あまりに突然のことで落ち着かない気持ちになったが、ヴィンセントは詳しい理由を教えてくれなかった。


ただ、彼が 皇帝ガルドの弟 であることだけは話してくれた。

街の外れでひっそり暮らし、使用人もいない家で育った自分が、まさか貴族の家にいたとは思いもしなかった。



アシュリードは、ヴィンセントの甥にあたる。

ということは——


頭の中にいくつもの疑問が浮かんだが、ヴィンセントの表情がどこか固いことに気づき、リーゼはそれ以上何も聞けなかった。



城は、思っていたより大きかった。

石造りの壁が高く、廊下が長く、歩くたびに靴音が冷たく響く。

その空気に、リーゼの緊張はじわじわと強まっていった。


謁見の間に通されると、玉座に大きな男が座っていた。

値踏みするような鋭い視線がリーゼに向けられ、思わず息を呑んだ。


「ヴィンセント、数年前に養女を迎えたと報告は聞いたが、なぜすぐ来なかった」


「兄上に意見し、城を出た身。

ましてや政務でお忙しくされていたため、落ち着かれるまで娘の紹介を控えておりました」


「お前の話は嫌みにしか聞こえんな」


「嫌味を申し上げているつもりはございません。

しかし、兄上と私では考え方が全く違うため、受け取り方にも違いがあるのでしょう」


「なるほど。つまり、お前はまだ、この私が未熟であると言っているのだな」


空気が一瞬で張りつめた。

側近たちの視線が鋭くなり、誰もが息をひそめる。


リーゼは、隣に立つヴィンセントの横顔を見た。

いつも穏やかな彼が、まるで別人のように冷静で、鋭い表情をしていた。


「それを一番理解していらっしゃるのは兄上でないかと。

今日は娘を紹介に来ました。違うお話をされるのであれば、こちらで失礼します」


ガルドは深いため息をついた。

「お前は変わらないな」と呟き、娘を紹介するよう促した。


ヴィンセントの手がそっとリーゼの肩に置かれた。

その温かさに、張りつめていた呼吸が少しだけ戻った。


皇帝と短く言葉を交わし、謁見は終わった。

言葉は耳に入っていたはずなのに、内容は半分も覚えていなかった。


ヴィンセントはガルドに呼び止められ、リーゼは侍女に連れられて謁見の間を出た。



廊下に出た瞬間、リーゼは大きく息を吐いた。

膝がわずかに震えていた。


「よく頑張った」

ヴィンセントの小さな声が、まだ耳に残っていた。



侍女に案内されて歩いていると、廊下の端に人影が見えた。



――え。


銀色の髪。

見間違えるはずがない。


アシュリードだった。


彼も気づいたようで、一瞬だけ目を見開いた。

その後すぐに侍女へ「彼女は私が案内する」と告げ、侍女を下がらせた。


「……なぜここにいるのですか」

声が震えたのは、驚きのせいだけではなかった。


アシュリードは答えず、「こちらへ」とだけ言い、待合室へ案内した。

扉が閉まると、静けさが二人を包んだ。



先に口を開いたのはアシュリードだった。


「……今日はなぜここへ?」

「皇帝ガルド様に呼ばれ、ヴィンセント様と一緒に来ました」


「そこでどのような話を?」

「自己紹介をしただけで、私だけ先に謁見の間を出ました」


「父から何か言われたか?」

「あ、あの……! 少し待ってください。頭が混乱していて」


その言葉に、アシュリードは手を口に当て「すまない」と呟いた。

焦りを含んだ表情は、いつもの彼らしくなく、リーゼは戸惑った。


ヴィンセントが皇帝の弟ということは、アシュリードは王子である可能性は考えていた。

先ほどガルドのことを“父”と呼んでいたため、アシュリードは王子なのだろう。

理解していたはずなのに、心が追いつかない。


「アシュリード様は、ラクリア国の王子なのですか?」


「そうだ」


アシュリードはリーゼをまっすぐ見て答えた。

きっと何か事情があるのだろう。

だが、ヴィンセントからもアシュリードからも、王族であるという話は聞いたことがなかった。


アシュリードは、考え込むリーゼにゆっくりと近づき、頬に手を添えた。


「ごめん……」


「どうして謝るのですか」


「俺は、嘘つきなんだ。君に言えていないことがまだある。

でも、それはまだ伝えることができない」


アシュリードは、泣きそうな顔をしていた。

どれほど重いものを抱えているのか、リーゼには計り知れない。

それでも、そんな顔をしないでほしいと思った。

彼には笑っていてほしい。



「私が刺繍したハンカチです。よければもらってください」


アシュリードは驚いたような表情をし、そしてゆっくりと受け取った。



「……俺は、君にもらってばかりだな」


言葉とは裏腹に、どこか遠くを見るような目だった。

アシュリードは視線を落とし、何かを思い返すように黙り込む。

そして、胸元のポケットにそっと手を当てた。


リーゼはその仕草に、理由のわからない違和感を覚えた。



「いただいているのは、私の方です。お守り……とても嬉しかったです」



その言葉に、アシュリードは微笑んだ。

けれど、その笑みはどこか寂しげだった。



しばらくして、ヴィンセントに呼ばれ、城を後にした。


馬車の中で、リーゼはずっと窓の外を見ていた。

流れていく景色がぼやけて見えた。


「リーゼ、黙っていて悪かった」


ヴィンセントは申し訳なさそうな顔をしていた。

その表情が、先ほどのアシュリードの苦しげな顔と重なった。


「混乱はしていますが……大丈夫です。

きっと何かご事情があるのでしょう」


「先ほどの会話から察していると思うが、兄と私はなにかと意見が分かれることが多かった。

私は謹慎処分を受けることとなり、今の家へ移り住んだ」


ヴィンセントの声は静かだったが、どこか遠い痛みを含んでいた。


「そうでしたか……」


リーゼはそれ以上、何も言えなかった。


馬車の揺れに合わせて、心のどこかが落ち着かずに揺れる。

何が不安なのか分からない。

ただ、今日の出来事が、どこか影のようにまとわりついて離れなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。