14.文通
『好きな食べ物は何ですか?』
『お気に入りの本はありますか?』
『今日はどんな夢を見ましたか?』
リーゼとアシュリードの文通は、あの日からずっと続いていた。
気づけば、手紙はリーゼの日常の一部になっていた。
最初は近況報告だけだった。
庭の花が咲いたこと。
エレナの刺繍が完成したこと。
ヴィンセントが「今度こそ枯らさない」と宣言した花を、やっぱり枯らしてしまったこと。
アシュリードからの返事は短い。
けれど、どの手紙も丁寧で、まっすぐで、読むたびに心が温かくなる。
次第に、アシュリードのことをもっと知りたくなった。
だから、いろんな質問をした。
彼はその一つひとつに、誠実に答えてくれた。
歴史書で読んだことを書けば、アシュリードは別の視点から返してくれた。
リーゼが知らなかったことを教えてくれることもあった。
手紙を読むたびに思った。
——好きだな。
この人の文字が。この人の言葉が。
そして、この人の誠実さが。
返事を書くのが楽しみになっていた。
手紙が届く日が待ち遠しくなっていた。
ある日の手紙に、深い青色のビー玉のようなキーホルダーが同封されていた。
『南方へ視察に行った際、ナザール・オーブという魔除けのお守りを見つけた為、同封します』
魔除けのお守り……。
手に取ると、青いビー玉がアシュリードの瞳に似ていると思った。
深くて、澄んでいて、とてもきれいだった。
リーゼは嬉しくなり、そのキーホルダーをぎゅっと握りしめた。
その夜、ヴィンセントの書斎でナザール・オーブについて調べてみたが、それについて書かれた本は見つからなかった。
「何か調べものか?」
振り返ると、手にハーブティーを持ったヴィンセントが部屋に入ってくるところだった。
「ナザール・オーブって知っていますか?」
「ああ、南地方の伝統的なお守りだな」
ヴィンセントはティーカップを机に置き、書棚を見渡すと、一冊の本を取り出した。
「確かこの本に、南地方について書かれていたはずだ」
ページをめくり、ある箇所で手を止める。
リーゼに本を見せながら、静かに読み上げた。
ナザール・オーブとは、南地方の伝統的なお守り。
青い色をしたビー玉のような作りで、悪いものから身代わりになって守ってくれると信じられている。
大切な家族や、愛する人に送られることも多い。
——愛する人。
リーゼは、頬が一気に熱くなるのを感じた。
「ありがとうございました」
リーゼはそれだけ言って部屋を飛び出し、自分の部屋へ戻った。
その様子にヴィンセントは、ため息と笑みが混ざったような表情を浮かべ、ハーブティーを一口飲んだ。
そして窓の外を見ながら、我が子の恋を目の当たりにした寂しさと嬉しさを噛みしめていた。
ナザール・オーブ……。
きっとただ珍しいものだから送ってくれたのだと思う。
それでも、胸のあたりがこんなに熱くなるのはどうしてだろう。
恥ずかしさと、愛おしさが混ざり合っていた。
次の日、リーゼはアシュリードへお礼の手紙を書こうと机に向かったが、ペンが全く動かなかった。
いつもなら、言葉があふれてくるのに、白い紙を前にしても何も浮かばない。
「……どうして」
ペンのインクが白い紙にポタリとシミを落とし、ハッとする。
今までこんなことがなかったのに、理由がわからず苦しくなった。
その日の午後、エレナが淹れてくれたハーブティーのカップを両手で包みながら、リーゼはぽつりとこぼした。
「手紙が書けないんです」
エレナは驚かず、ただ静かに微笑んだ。
「アシュリードへの手紙?」
リーゼはこくりと頷いた。
「書きたいのに、書こうとするペンが動かなくて」
エレナは少しだけ目を細め、優しく言った。
「リーゼ、それはね——恋よ」
「……え?」
「好きな人に手紙を書くときは、誰だって言葉が出なくなるものよ。
どう思われるか気になって、慎重になってしまうの」
リーゼは息をのんだ。
好きな人——。
その言葉が、これまでのモヤモヤを晴らしてくれるように、心の真ん中へ落ちていく。
そして、心の奥がじんわりと熱を帯びるような、不思議な感覚が広がった。
「……わたし、アシュリード様のこと……」
言葉にした途端、頬がさらに熱くなった。
エレナは嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。恋をしているのよ、リーゼ」
リーゼは両手で顔を覆った。
恥ずかしいのに、どこか嬉しくて、体がふわりと浮くような気持ちになった。
——恋。
ようやく、その名前を知った。




