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12/24

12.視察、という名目で

会いに行こう——そう決めたのは、ある朝のことだった。



机の上に積み上げられた報告書を眺めながら、アシュリードはペンを置いた。


晶石鉱区の採掘量が落ちている。

反皇帝派への警戒も強まりつつある。

このままでは、ガルドが焦り、締め付けが強まるのは時間の問題だった。


叔父ヴィンセントに直接会い、今後について相談する必要がある。

手紙では情報が漏れる恐れがある。



だか、あそこにはリーゼがいる。

この二年間、叔父の手紙を読むたびに、会いたいと思った。


しかし、会いたい気持ちとは裏腹に、会っていいのかという不安と怖さが押し寄せてくる。


アシュリードは、目を閉じ胸のポケットに手を当てる。

深く息を吸い、立ち上がった。


「レイン」


「はい」


「視察に行く。途中、ヴィンセント叔父の屋敷の近くを通るため挨拶に伺うこととする」


「かしこまりました」


レインはそれだけ言って、視察の準備を進めた。


視察と言えば、誰も疑わない。

ヘラヘラとした自由人が気まぐれに出かけるのは、いつものことだから。



程なくして、アシュリードはレインと二人、馬に乗って城を出た。

手綱を握る手に自然と力が入り、心臓がどくどくと脈を打つ。


落ち着け、と心の中で言い聞かせる。

だが、ざわつく心を落ち着かせることはできなかった。



ヴィンセントの屋敷に着くと、叔父が少し驚いた顔で迎えた。


「連絡もなしに来るとは珍しいな」


「近くを通ったので」とアシュリードはいつもの笑顔を作った。

「それに、相談したいことがありまして」


叔父の目が鋭くなる。


「中へ入れ」


書斎に通され、扉が閉まると、アシュリードの笑顔は消えた。


「反乱軍の動きについて確認したいことがあります。

旧ヴェルダの騎士団長と接触はできましたか」


「ああ、問題ない。ただ、動くにはまだ早い。帝国内の反皇帝派がまとまらん」


アシュリードは地図の端に指を置いた。


「晶石鉱区の三つが、今月だけで採掘量を半分落としました。

現場の兵からも“限界だ”という報告が来ています。」


「ガルドは、反乱軍の動きをどれぐらい把握している」


「そちらは、まだ何も。ただ時間の問題です」


二人は地図を広げて静かに話し合った。

室内には緊迫した空気が漂っていた。



——その最中だった。


窓の外から、弾むような声が聞こえた。

アシュリードは思わず顔を上げた。



庭に視線をやると、金色の髪が午後の光の中で揺れている。

花壇の前にしゃがみ込んで、叔母のエレナと何か話しながら笑っている。


あの頃と同じ笑い方だった。


「……生きていた」


小さく呟いた声に、叔父が静かに言った。


「会うか」


アシュリードはしばらく窓の外を見つめ、そしてゆっくりと「はい」と答えた。



庭に出ると、リーゼがこちらを見た。

目が合った瞬間、アシュリードはどきりと心臓が跳ねた。


リーゼは少し首をかしげた。

何かを探すような表情——

だがすぐに、ふわりと笑った。



「甥のアシュリードだ」と叔父が言った。


「リーゼです。ヴィンセント様の娘です」


「アシュリードだ。よろしく」


彼女の目を見た。


緑色の、澄んだ瞳。

温かいのに——あの頃とは違う眼差しに寂しさを感じた。


リーゼが記憶をなくしていることは、叔父の手紙に書いてあったため分かっていた。

だが、実際に目の前で確認すると、胸が締めつけられた。



あの庭の記憶も、雨宿りも、押し花も——

リーゼの中には、何も残っていない。


アシュリードは、胸元のポケットをそっと触って、なんとか笑顔を保った。



エレナから夕食を共にするよう誘われ、アシュリードは食卓についた。


温かいスープの湯気が立ちのぼり、庭で採れたハーブの香りがふわりと広がる。

焼き色のついたチキンのステーキが並び、家庭の温かさがそのまま皿に乗っているようだった。


リーゼが笑っている。

エレナも穏やかに微笑み、ヴィンセントは静かに杯を置いた。


その光景を見て、アシュリードはじんわりと温かくなるのを感じた。


——リーゼは、ちゃんと笑っている。

——ここで、穏やかに暮らしている。


気づけば、自分も笑っていた。

そして、頬が濡れていることに気づいたのは、リーゼが心配そうに覗き込み、そっとハンカチで拭ってくれた時だった。



「はは……すみません。幸せで、胸がいっぱいで」



その言葉に、ヴィンセントとエレナが顔を見合わせる。

ヴィンセントが静かに言った。


「アシュリード。またいつでも来なさい」


その言葉に、アシュリードは仮面を外したような素直な笑顔で、大きく頷いた。



帰り際に、アシュリードはリーゼへ「手紙を書いていいか」と聞いた。

「もちろんです」とリーゼは笑った。


その笑顔が、二年間の空白を一瞬で埋めた。



屋敷を出て少し走ったところで、アシュリードは手綱を緩めた。



反乱の相談をしに来た。

それは間違いない。


だが——

会いたかった。

ずっと。

文通だけで繋いできた二年間。

そして今日、ようやく目の前に立てた。


なのに、何も言えなかった。


アシュリードは胸のポケットに手を当てた。

押し花の感触が指先に伝わる。


それだけで、今は十分だった。


その夜、叔父への返事を書きながら、一文だけ付け加えた。



===========

庭の花、きれいでした。

リーゼ殿によろしくお伝えください。——アシュリード

===========


ペンを置き、外の夜空を見た。


反乱の気配は、確かに近づいている。

けれど焦るわけにはいかない。


守りたいものがある。

そのために、明日もアシュリードは静かに立ち続ける。




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