第2話 皇子が胸ばかり見てくるの
ジリリリリリ。
ジリリリリリ。
出ない。
ジリリリリリ。
ジリリリリリ。
出ない。
ジリリリリリ。
三十二回目で取った。
「死ね」
「あの」
「死ね」
「まだ何も言ってないんですけど」
「言う前に死ね」
「酷くないですか!?」
女の声だった。落ち着いている。落ち着いているが、何か怒っている。
「ヘルプデスクですよね」
「違う」
「ステータスに書いてありました」
「俺んち」
「『困ったときはヘルプデスクへ』って」
「俺んちなんだよ」
「困ってるんです」
「俺は困ってない」
「私が困ってるんです」
「お前の話か」
「私の話ですよ最初から!!」
「で、何」
「あの、視線が」
「視線」
「胸の」
「胸」
「ずっと見てくるんです」
「誰が」
「皇子が」
「皇子」
「皇子です」
「ふーん」
「ふーんじゃないですよ!!」
「俺の胸は見られてない」
「私の胸の話してます!!」
「あっそ」
「あっそじゃないですよ!!」
受話器の向こうで、どこかの広間っぽい反響音がする。石造りだ。
「お前今どこ」
「謁見の間です」
「謁見」
「皇子の前で、今、立ってます」
「皇子の前で電話してんのか」
「ステータス画面開いてヘルプデスクに繋いだので、皇子からは見えてないはずです」
「便利だな」
「便利なんですけど、見られてます」
「胸を」
「胸を」
「逸らせよ視線」
「逸らさないんです」
「ふーん」
「ずっと胸です」
「胸の話しかしねえなお前」
「胸の話しかすることないですよ向こうが胸しか見てないんだから!!」
「逆ギレすんな」
「だってそうじゃないですか!?」
「俺に言うな」
「他に誰に言うんですか!?」
「皇子に言え」
「言えないですよ!! 相手は皇子ですよ!?」
「ふーん」
「ふーんじゃないですよ何とかしてくださいよ!!」
「殴れ」
「えっ」
「目」
「えっ」
「皇子の目」
「えっ」
「殴れ」
「えっ!?」
「見られなくなるだろ」
「いや、いやいやいやいや」
「何」
「皇子ですよ!?」
「だから」
「殴ったら不敬罪ですよ!?」
「胸見るのは敬なのか」
「あっ」
「敬じゃねえだろ」
「敬じゃないです」
「だろ」
「でも」
「目だけ殴れ」
「目だけ!?」
「顔面ぶん殴ったら大事だが、目だけなら事故にできる」
「事故」
「目に虫が入ったって言え」
「虫」
「お前が払ってやろうとしただけだ」
「払う」
「指で」
「指で」
「思いっきり」
「思いっきり」
「行け」
「行きません!!」
「行け」
「無理ですって!!」
「じゃあ一生胸見られてろ」
「えっ」
「俺は別に困らん」
「ちょっと待って」
「切るぞ」
「待って待って待って」
「切る」
「殴ります」
「殴れ」
「殴ります!!」
「殴れ」
「目を!!」
「目を」
ガサッ、と布の音がした。たぶん腕を振りかぶった音だ。
それから、
ボフッ。
「あっ」
と女が言った。
「殴りました」
「ふーん」
「皇子の目を」
「うん」
「めっちゃ叫んでます」
「だろうな」
「衛兵が来ます」
「だろうな」
「ちょっと、これ、まずくないですか!?」
「虫って言え」
「むっ、虫が!! 虫が皇子の目に入って!! 私が!! 払って!!」
「いいぞ」
「ご無事ですか!?って今めっちゃ心配してます私!!」
「演技派だな」
「皇子が、ありがとうって、言って、ます」
「は」
「『よく気づいてくれた』って」
「は?」
「『お前は私の命の恩人だ』って」
「は???」
「あの、これ」
「いや待て」
「うまくいきました」
「いきすぎだろ」
「うまくいきましたよ!!」
「ちょっと待て」
「ありがとうございました!!」
「待てって」
「次も困ったらかけていいですか!?」
「かけるな」
「かけます!!」
「かけるな」
「あっ、それと」
「何」
「皇子、明日からも普通に視線送ってきそうな顔してます」
「殴れ」
「また!?」
「目だ」
「また目!?」
「目しか弱点ない」
「目しか!?」
「殴れ」
「殴ります!!」
ガチャ。
受話器を置いた。
何で殴ったらうまくいくんだ。
こっちが聞きたい。
ジリリリリリ。
出ない。
ジリリリリリ。
出ない。
ジリリリリリ。
「うるさい黙れ」
出た。
「初日です」
また別人だった。




