第1話 転移したての名無し
ジリリリリリ。
ジリリリリリ。
古道具屋で三千円で買った黒電話が鳴っている。買ってから一年、線は繋がっていない。
「鳴るなよ」
ジリリリリリ。
「鳴るなって言ってんだろ」
ジリリリリリ。
仕方なく受話器を取った。
「もしもし」
「あ、あの、ヘルプデスク、ですか!?」
「違う」
「えっ」
「俺んち」
「えっ!?」
「切るぞ」
「待ってください待ってください待ってください!! ステータス画面に書いてあったんです!! 困ったらヘルプデスクに繋がるって!!」
「知らん」
「知らんって何ですか!?」
「知らんものは知らん」
「でも繋がってますよ!?」
「繋がってんな」
「じゃあヘルプデスクじゃないですか!?」
「違う」
「違わないでしょ!?」
ジリリリリリと鳴って、こいつが繋がって、俺は今そいつと話している。
繋がってはいる。
「で、何」
「えっ」
「用件」
「あっ、はい、あの、俺、転移、しまして」
「転移」
「異世界に」
「ふーん」
「ふーんって!!」
「で?」
「で、じゃないですよ!! 大変なんですよ!!」
「俺は大変じゃない」
「俺が大変なんです!!」
「お前の話か」
「俺の話ですよ最初から!!」
受話器の向こうで何かがガサガサ鳴っている。草っぽい音だ。野外らしい。
「お前今どこ」
「森です」
「ふーん」
「もう三日くらい歩いてます」
「歩くな」
「えっ」
「動くと迷う」
「あっ」
「座ってろ」
「えっ、で、でも、人を探さないと」
「人を探して見つかったことあんのか」
「ないです」
「だろ」
「いや、でも、ずっと座ってたら死ぬじゃないですか!?」
「動いても死ぬぞ」
「どっちにしろ死ぬんですか!?」
「死ぬな」
「即答!?」
「俺は別に死んでほしくない」
「優しい!?」
「死なれると寝覚めが悪い」
「優しい!!」
「嘘だよ」
「えっ」
「どうでもいい」
「優しくない!!」
ジリジリと音が混じる。たぶん虫だ。森の虫だ。俺は森に行ったことがない。行きたくもない。
「水は」
「あっ、ペットボトル一本」
「飯」
「グミ二袋」
「ふーん」
「ふーんじゃないですよ少ないでしょ!?」
「少ないな」
「同情してくださいよ!!」
「興味ない」
「うわっ」
「ステータス画面ってのが見えるんだろ」
「見えます」
「そこに何書いてある」
「えっと、名前、レベル、HP……」
「スキルは」
「『言語理解』、『鑑定』、それから」
「『鑑定』あんのかよ」
「あります」
「使え」
「えっ」
「自分の状況『鑑定』しろ」
「あ」
「気づくの遅えな」
「鑑定します!! ……えっ、これ、近くに川あります!?」
「あるのか」
「『北に三百メートル、飲用可能な小川』って出てます!!」
「行け」
「行きます!!」
「飲んだら座れ」
「座ります!!」
「動くな」
「動きません!!」
「あと」
「はい!!」
「俺の番号もう一回押すなよ」
「えっ」
「次は出ない」
「そんなぁ!?」
ガチャ。
受話器を置いた。
ジリリリリリ。
すぐ鳴った。
取らなかった。
ジリリリリリ。
ジリリリリリ。
ジリリリリリ。
三十回くらい鳴ったところで、根負けして取った。
「死ね」
「川にたどり着きました!!」
「報告すんな」
「ありがとうございました!!」
「礼もいい」
「あの、お名前は」
「教えない」
「じゃあ、何てお呼びすれば」
「呼ぶな」
「えっ」
「二度とかけてくんな」
「でも困ったら」
「困っても」
「えっ」
「自分で考えろ」
「うわぁぁぁぁ」
ガチャ。
黒電話の前で煙草に火をつけた。一年前、古道具屋のじいさんが「これ、たまに鳴るかもしれんよ」と言って三千円に値引きしてくれたやつだ。
鳴るかもしれん、じゃなかった。鳴る、だった。
ジリリリリリ。
鳴った。
出ない。
ジリリリリリ。
出ない。
ジリリリリリ。
「うるさい黙れ」
出た。
「ヘルプデスクですか!?」
別人だった。




