第五幕、ロミオとジュリエット2
閃光が執務室に走った。
「……」
パリスが今までの饒舌を内に収め、無言で呪術を放ってくる。
「く……速い……」
「本気という訳ね!」
二人は揃って電撃を避ける。ジュリが右に捌き、澪が左に流れる。
だが炎の翼を生やし、低空飛行をしながら滑るように避けるジュリに対して、
「く……この……」
澪はいまいち避け切れない。飛び散った火花が、澪のスーツに小さな穴を空け出していた。
「おや? 君から先だったか? 一路澪!」
パリスが二度左手をふるった。澪の左右から、電撃が挟み撃ちをかけるように襲いくる。
「キャーッ!」
「澪!」
澪が思わず悲鳴を上げ、ジュリがその身をかばうようにかっさらった。
「――ッ!」
ジュリの背中を、澪に打ち込まれるはずだった電撃が襲う。
「ジュリ!」
「大丈夫よ!」
「でも……」
「あの電撃は侮れないわ……」
背中を軽く焦がしながら、ジュリがパリスの周りを、壁を蹴りつけつつ滑空する。
痛みに顔が歪むが、構ってはいられない。むしろその歪んだ顔をパリスに見せつけ、ジュリは澪を抱えたまま油断なく知事室を旋回する。
「澪――」
「?」
ジュリが澪を抱えながらも顔を寄せ、その耳元で何かを囁いた。
「見せつけてくれるね!」
パリスが左手をふるう。
「はっ!」
一際大きな気合いを上げて、ジュリが壁を蹴った。炎を上げた赤い編み上げブーツが、ジュリの体を加速させる。遅れてきたパリスの電撃が、その壁を焦がした。
ジュリは部屋の角に飛んでいった。そこに降り立つや、澪をすかさず降ろす。そのまま間髪を入れずに振り返り、今度はブーツで床を蹴った。
「自分から、飛び込んできてくれるとは、嬉しいよ! ジュリエット!」
パリスに向かってジュリが飛んでくる。
パリスはそのことに気をよくしたのか、それともジュリと澪が離れたせいか、上機嫌に左手を突き出して構えた。ジュリを迎え討たんとパリスの左手が帯電する。
だがむしろジュリは、早くも放電を始めた左手に向かってくる。
「捨て身か? らしくない!」
パリスへと突進するジュリは、
「澪!」
何故か己の後ろにいる澪の名を呼ぶと、避けようともせずに電撃に向かっていった。
ジュリはやはり電撃を避けようとしない。電撃は放電故の曲線を描きながらも、真っ直ぐジュリに向かって飛んでいく。
「――ッ!」
だが電撃はジュリの面前で消え失せた。パリスが目を剥く。
突如床から現れた、巨大な氷柱。それがジュリの目の前に現れ、電撃を受けて一瞬で砕けた。
「今度は避雷針代わりか!」
「はっ!」
驚くパリスに、砕けた氷を飛び越えジュリが炎を放つ。
「ふふ、なる程」
パリスが半身に身を捩り、その炎を上半身だけで避ける。全身で避けなかったのは――
「パリス!」
ジュリがもう目の前にいたからだ。
ジュリがブーツの両の踵を床にめり込ますようにして、パリスの目の前で着地した。ブーツの踵が炎を上げて床の上で滑っていく。ジュリが火花を上げてその場で停止した。互いの手が僅かに届かない――それでいて呪術を間近で放てるだけの距離をとる。
「ここまできたのなら、私の胸に飛び込んで欲しいものだな! 愛しのジュリエットよ!」
「ほざけ!」
ジュリが炎を纏った左手を繰り出す。ジュリの炎がとっさに避けた知事の右の頬をかすめた。
「流石! だがこの近さは、君にも不利!」
パリスが左手を跳ね上げる。その手から電撃がほとばしるや、
「はっ!」
澪の気合いとともに、ジュリの周囲に氷柱の柱が立ち並ぶ。その全てが電撃を食らってやはり一瞬で砕け散る。砕け散り、視界が開けたと見るや、今度はジュリが炎を放つ。
「おのれ! 見せつけてくれる!」
パリスは電撃が防がれたことよりも、二人の息の合いように苛立ちの声を上げる。炎を避けつつ、湧き上がる怒りのままにか、パリスは激しく電撃を放つ。
電撃が放たれ、氷柱が砕け散る。砕けた氷を縫うように、炎が上がる。
ジュリが氷柱に電撃から守られれば、パリスは体をそらして炎を避ける。
だが身一つで避けながらも、パリスの電撃は止まらない。次々と立ち上がり、砕ける氷。その合間を縫って襲いくる炎。それを上回る勢いで、パリスの電撃が放たれる。
「く……」
己の炎を圧倒する電撃に、ジュリが思わず唸る。やはり電撃は止まるところを知らない。
「……」
澪は声も出せない。効率よく氷柱を発生させないと、一気に押し切られそうになる。時折隙を突いて、澪の下にも電撃が放たれる。その度に間一髪で己の面前に氷柱を立ち上げる。
「よく粘る! だが地力の差は埋め難かろう!」
パリスがそう叫ぶと、今までを倍する勢いで電撃が放たれた。
「この……」
氷柱で防ぎ切れない電撃を、辛うじてジュリが避ける。炎を繰り出す余裕が徐々になくなる。
そして本体から弾け出た、大河の支流のような小さな電撃がジュリを襲う。
「く……かは……」
我が身を襲う電撃。どんなに小さくともそれは、打たれる度にジュリの自由を奪っていった。
ジュリは避けるというよりは、むしろよろめくことで何とか大本の電流をかわす。
「浅はかだったようだね。それに、そんな様では――」
パリスがすっと手を挙げた。パリスはそのまま何げない様子で、
「彼らが守れないだろ?」
壁際に転がっているモンタギューとティバルトに、その左手を振り下ろそうとした。
「――ッ!」
澪が目を剥く。氷柱の避雷針は間に合わない。直ぐさまそのことを悟る。
「貴様!」
ジュリが床を蹴った。ブーツが炎を上げる。とっさに懐に飛び込み、パリスの手を掴んだ。
「澪!」
「分かってる!」
ジュリに応え、澪が瞬時にモンタギューとティバルトの周囲に、氷柱を林立させた。
「やっと飛び込んできてくれたね! ジュリエット!」
「何を!」
「はは。だが、それで――」
懸命に手を伸ばしてパリスの手を掴んでいたジュリ。手と背中を伸ばし切ったその体勢は、無防備にもパリスに首筋を曝していた。
「自分はどうする気だい?」
ジュリはその言葉とともに、首筋に強烈な一撃をくらい床に叩きつけられた。




