↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロミオvs.ジュリエット To be, or not to be:As You Like It!  作者: 境康隆
第五幕、ロミオとジュリエット
PR
43/49

第五幕、ロミオとジュリエット1

第五幕、ロミオとジュリエット


「――ッ!」

 ジュリのベストとブラウスが音を立てて切り裂かれた。その衝撃にジュリが身を無意識にそらせる。右の脇から突き抜けたそれは、電撃のような鋭さで突き刺された――

「氷柱!」

 そう、円錐状の氷――氷柱だった。その正体をとっさに悟り、パリスが目を剥く。 

 本部長執務室の床から、場違いな氷柱が斜めに突き出ていた。

「ジュリ! しっかりしなさい!」

「はっ!」

 ジュリがその叱咤に打たれたかのように自由を取り戻し、パリスから一気に距離をとった。

「アース代わりか?」 

 パリスは残された氷に再度目を剥く。それはやはり床から斜めに生えた氷柱だった。氷柱はジュリの体に帯電した電気を奪い取り、床に向かって放電していた。

「動けたか? 一路澪!」

 パリスが壁に張りつけたはずの澪に振り返る。そしてその光景に今度も驚きの声を上げる。 

 視界が真っ白だった。澪のいるべきはずの壁がまるで見えない。

「これは! 氷霧?」

「余所見をする余裕がおありで!」

「く……」

 パリスが僅かに身を捩り、背後から襲ったジュリの炎の呪術を避けた。避けられた炎が氷霧を霧散させた。その白い霧の向こうに、床に片足を着いて炎をやり過ごした一路澪がいた。

「なる程。大きな攻撃を諦め、小さな氷を幾つも呼び出したか? 氷霧で湿度を上げ、静電気を止めるとは。やるな、一路澪!」

「やっ!」

 澪がパリスに応えず氷柱を放つ。そしてその反対側では、

「ふふん!」

 上機嫌にジュリが炎の呪術を放っていた。挟み撃ちだ。

「おのれ……」

 パリスはとっさに床を蹴ると、窓際まで飛び退いた。

「遅いわよ、澪」

 ジュリが炎の翼で、やはり澪の下に飛んでくる。足下に残っていた氷霧を蹴散らすように、ジュリが身を翻して着地した。

「ちょっと静電気退治に、時間がかかっただけよ」

「安物の化繊なんか着てるからだわ」

「うるさいわね」

「少々見くびっていたようだ。本気でお相手しよう」

 パリスはそう言うと、天井に向かって電撃を放った。火災探知機が音を立てて破裂する。

「あら? むしろ利用されるかと、思いましたのに」

「無粋だよ。せっかくの逢瀬。誰かに邪魔されたくはないね」

 パリスは更に左手をふるう。廊下側と控え室奥の同じく廊下側。二つの扉のドアノブが、音を立てて火花を散らした。カナ臭い匂いが同時に漂う。

「えっ? 何、ジュリ?」

「溶接したのよ、澪。鍵かけるよりも、厳重だわ」

「そうだよ。これで、誰も出入りもできないね」

 パリスは満足げに頷くと、もはや誰はばかることなく放電を――電撃の呪術を放ち始めた。



 執務室の一角に漂っていた氷霧が、今や完全に霧散した。だが先程よりも部屋全体が、清流を湛えた谷底のように冷ややかな水気を帯びていた。

「澪。よくやったわ。この湿気なら、あの静電気はもう使えないはずよ」

「めちゃくちゃ手首振ったんだからね。感謝してよね」

 手についた水滴でも払うかのように、澪が痛そうに手首を振ってみせた。

「でも、服そのものが、湿気てるのは、電撃相手にはいただけないわね」

 ジュリがチラリと澪の様子を確かめた。

「……」

 氷霧の中心にいた澪は、服も髪も濡れていた。ジュリの視線が一瞬止まる。その濡れそぼった、たゆたうような黒髪の澪の横顔に、ジュリはしばし目を奪われる。

「何よ?」

「……別に……」

 ジュリが左手をぶっきらぼうにふるった。

「ちょっと! ビックリするじゃない!」

 澪の体を一瞬炎がかすめて消えた。澪の服と髪から湯気が立ち上がる。

「ほう、一瞬で乾かしたか? 器用なものだ」

 それを遠目に見たパリスが、感心したように呟く。

「人生は洗濯の連続でしてね。私は乾燥担当ですのよ」

「君に洗濯などの俗事は、似合わないよ」

「ふふん。洗濯もすれば、乾燥機にだって、人間コンロにだってなりますわ。贅沢など言ってはいられない、選択の余地のない、最下層の人間でしてね、私は」

「君はこちら側の人間だよ」

「興味ありませんわ」

「衛藤ジュリ。あくまで掃き溜めの鶴を、気取るつもりかい?」

 パリスが電撃を放った。ジュリと澪が床を蹴る。二人して後ろに跳んだ。

「掃き溜めですって……」

 ジュリが怒りに任せてパリスを睨みつける。

「ああ、言ったよ。君は掃き溜めの鶴だと」

「言いませんでしたかしら? 私はゴミ扱いされるのが、この世で一番嫌いですってね」

 淡々として、それでいて沸々とジュリは口を開く。まるで噴火を待つばかりの、マグマのような怒りにジュリが身を任せようとする。

「二つ間違っているよ、衛藤ジュリ。私は、君はゴミ扱いしていない」

「おべっかにもなりませんわ。それが、いったい――」

「それに、君が本当に怒るのは、仲間がゴミ扱いされた時だ。違うかい」

「変わりませんわ」

「変わるよ。試してみるかい? 君の仲間は社会のゴミだ。断言してあげよう」

「――ッ!」

「ジュリ……」

 ジュリの奥歯がギリリと鳴る音が、隣にいた澪にもはっきりと聞こえた。

「何度でも言おう。彼らは享の都に蔓延るゴミだ」

「何を……」

「そして仲間の為に怒る自分を演出することで、君が仲間におべっかを使っているのだ」

「黙れ!」

「いい目だ。まるで憎悪が、エネルギーと化しているかのようだ。有名な関係式を思い出すよ」

「E=mc²! あまりに真理を突き過ぎて名前すら持っていない、質量とエネルギーを結びつける情熱の関係式! ええ、そうですとも! 私はこの関係式のように、生きてきましたわ! 内なる情熱のままに! 心躍るままに! でもあえて今はこう言いましょう!」

「ジュリ……ちょっと……」

 ジュリのただならない様子に、澪が思わず声をかける。

「私一人分の質量を、余すことなくエネルギーに変えてしまいたい! そうすれば、この思いは熱量となってあなたにきっと伝わるはず! そう――」

 ジュリは憎悪に燃える目でパリスをねめつける。

「殺してやりたいとね!」

「ジュリってば!」

「嬉しいよ、衛藤ジュリ。これ程思うままに、君の感情を操れるとはね。堪らないな。君を自由にできるのが、これ程の喜びとは! ああ! やはり君の全てを手に入れたい!」

「じゃじゃ馬馴らしといけるかどうか、とくと味合わせてあげますわ!」

「ジュリ……」

 澪がそっと、ジュリの手を掴んだ。

「澪……」

「熱くなり過ぎよ」

「放っておいてよ……こればっかりは――」

「ダメよ、ジュリ。聞いたでしょ。『本気で相手』するって。心理戦を仕掛けられてるだけよ」

「ぐ……」

「わざと言ってるのよ。挑発に乗ってどうするの? しっかりしなさい」

「だって……」

「『だって』じゃない」

 澪がジュリの頭をコツンと叩いた。軽く、それでいて拳の固いところが当たるように、澪が一度曲げた肘を伸ばして澪の頭を叩いた。

 ジュリも叩かれると分かって、自分から頭を傾けた。この場で目をつむる隙すら見せて、澪に頭を叩かせる。

 ――ギリリ……

 その様子にパリスが、先程のジュリよりも強く奥歯を噛んだことに――

「分かったわよ……」

「よろしい」

 二人は気づかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。