第四章、モンタギュー・激昂9
パリスはジュリの背中にぴったりと身を張りつけるや、足を股の間から差し入れて固めてしまう。両手をジュリの肩に置き、首を傾げ赤い髪に頬を寄せる。
その様は獲物に身を絡ませる蛇を思い起こさせる。
そしてパリスという蛇はチロチロと舌を出すように、いやらしくジュリの耳元で囁く。
「美しいというのは、それだけで義務を負うものだよ」
「く……」
ジュリは動けない。体を押さえられているからではない。その証拠に声も出せない。
「君はその美しさで、人の上に立つべきだ」
「電気……」
ジュリが辛うじて声を絞り出す。
そう、澪を壁に吸いつけた電気が今度はジュリの体を襲っていた。静電気の比ではない電流がジュリの体に流れる。上から芯を通すように電気を流され、ジュリの体はその場で固まる。
「血中の鉄分も……この電気で、磁力を作り出して……取り出していたのね……」
「そうだよ。電話機越しにでも相手にある程度ダメージを与えられる、なかなか便利な呪術さ。まぁ、でもそんな些細なことは、今は気にしないで欲しいな」
「この……」
ジュリはやはり動けない。電気で足を床に固定させられ、全身の筋肉を萎縮させられた。
「ジュリ! この……手首しか動かない。これじゃ、呪術が……」
その様子に澪が叫ぶ。だが体は僅かばかりにしか動かない。手首から先しか動かない。
それでも小さく手首だけ振るが、微かな氷が現れては消えるだけだった。
「ふふ。鼓動が早くなるだろ? 心臓に雷でも落ちたかのように。背中に電撃が走ったかのように。そう、まるで運命でも感じたかのように――」
「く……」
「皆勘違いするけどね。本当に心臓に電流を送られているとも知らずに、実際に電気が脊髄を走っているとも気づかずにね。誰もが運命を感じてしまうらしいよ。君はどうかな?」
「『運命を感じ』るですって……ただの電気刺激に、ロマンを感じるようでは、人間お終いですわ……これが人誑しの正体ですの……」
「To be, or not to be:――」
パリスが大きく鼻で息を吸い、ジュリのローズマリーの香りを堪能する。
「運命と感じるべきか、運命と諦めるべきか――」
パリスの両手がジュリの肩から前に回された。恋人でも抱き締めるように、パリスが動けないジュリを両手で包み込む。
「それが問題だと思わないかい? 衛藤ジュリくん」
「何……を……」
ジュリは全く動けない。しびれが全身を襲い、舌先と目がピリピリと震える。
そしてまたもや視線がジュリを裸にする。
ベストが、ブラウスが、スカートが、瞬く間にはぎ取られた。そんな感覚を覚えさせられる。
今のジュリになら分かる。それは視線だけの仕業ではない。パリスは皮膚の上に小さな電流を送り込み、その皮膚の神経器官に偽りの信号を送っているのだ。それで服を着ている感覚すら操っている。そして今や己の皮膚の感触すら送り込んできている。
この視線と呪力はモンタギューのものではなかったのだ。モンタギューの向こうにいたパリスが、本部長を隠れ蓑にしてジュリに送ってきた呪術だったのだ。
「悪趣味な……」
「ふふ。でも君にはどうすることもできないだろ? 私がその気になれば、君はこのまま感電死だ。運命の雷に打たれて死ぬかい?」
「く……」
「さあ、返事を聞かせてくれたまえ。私のものになるか? それとも――」
「あなたの側に堕ちるぐらいなら……死んだ方がマシですわ……」
「流石空を飛ぶ程の人間。そう簡単には落ちない――他人の自由にはならないか……」
「おあいにく様ですわね……私の心は永遠に自由ですわ……」
「ああ、なら君をこのまま永遠にここで終わらせたい。私がこの享都にしたように。他の誰かの目に触れさせるぐらいなら、いっそここで君を終わらせたい」
「何を……」
「君を独占するために、君をここで終わらせることが必要なら、私はためらわないと言っているんだよ。美しい花をこの手でもぎり取る喜びは、たった一人にしか与えられないからね」
「貴様……」
「違うかね? 衛藤ジュリくん。それに君とて時間が経てば、老いていくだろう。それは美に対する冒涜だ。ああ、考えただけで寒気が走るよ。老いていく衛藤ジュリ。ダメだ。やはり私がこの享の都にしたように、一番美しい今――私が手折ってしまおう。これは私の愛だよ」
パリスの目が妖しく光る。その手に一際力が入った。
「さあ。一番美しい姿で――そう、愛するものに抱かれて死んでいきたまえ」
パリスのその一言に合わせたかのように、
「――ッ!」
ジュリの脇腹に閃光が走り、煌めく何かが突き抜けた。
(『ロミオvs.ジュリエット To be, or not to be:As You Like It!』第四幕、モンタギュー・激昂 終わり)




