第四章、モンタギュー・激昂5
「く……強い……」
ジュリは自在にふるわれるドリル状の鉄の塊に思わず舌を巻く。
モンタギューの得物は、ジュリの炎をその一振りで霧散させていた。重厚な机の重量がありながら、モンタギューの呪力で軽々とふるわれるその鉄塊。ジュリは近づくことすらできない。
そして、突く。薙ぐ。払う。その全てが自在に、それでいて豪快にジュリに襲いくる。
何よりモンタギューの気質をそのまま表したかのような、
「ふん!」
叩きつける――その単純な攻撃。
ジュリは近づくどころか堪らず後ろに飛び退いた。ジュリは炎の翼を生やすと、あっという間に壁際まで飛んでいく。
「やるわね……」
「がはは。どうした、衛藤ジュリ? さっきから逃げ回ってばかりだが?」
「やっちまえ! 本部長! ジュリエット野郎を、串刺しだ!」
ティバルトが手も足も出せない代わりにか、舌を思い切り突き出しながら毒づく。
「……ジュリ、大丈夫なの……ドアも窓も、全然開かなくって……」
ジュリが背中を寄せた壁の向こうから、くぐもった声が聞こえた。澪が壁やドアを叩きながら、ジュリに必死に呼びかけているようだ。
「……大丈夫……それにまだ、あなたの正体はバレてないわ……いざとなったら、窓を破って逃げなさい……」
「……何言ってんのよ……私が話せば、分かるわよ……今、そっちにいくから……」
「逃げる算段でもしているのか? だが、逃しはせんぞ」
モンタギューが鉄塊を構え直した。そこに、
――カチャ……
モンタギューの力で閉じられていたはずの扉が、軽々と開く音がした。
「――ッ!」
ジュリはとっさに音のした方に振り向く。それは己の背後――澪の閉じ込められた控え室ではなく、執務室の入り口の方だった。
「おや? あなたの手にかかると、私の力も台無しですな」
モンタギューが得物を肩に乗せ、呆れたように振り返る。
「あなたは――知事? 確か名前は、パリス――パリス知事……」
ジュリが息を呑む。
「やぁ、取り込み中だったかな?」
パリス知事と呼びかけられて、入ってきた男はにこやかに話しかける。
そう、それは禁呪法の啓蒙パーティでも見かけた、享都府知事だった。だが印象がまるで違う。鋭い。柔和という印象は、その笑みにもかかわらず、もはや何処にもない。
侮れない――
ジュリはそう直感する。
「まるで錐の上にでも、立っているかのようね。何という緊迫感」
「……」
ジュリが不敵に笑って相手を迎える向こうで、ティバルトが露骨に顔をそらした。
「お褒めいただき、光栄だね。衛藤ジュリくん。パーティ以来だね」
パリス知事は、声だけは柔和に応えてみせる。
「――ッ!」
その外見とのギャップが、ジュリの身に一瞬で寒気を呼び起こした。
「知事。どうしました? 昔の血がうずきましたかな?」
モンタギューがひとまず得物を床に立て、近寄ってくる知事を迎える。
「『昔の血』? 何のことですの?」
「はは。知事は元々厚生労働省の高級官僚でな。その役職は――」
モンタギューが頼もしそうな目で、隣に立つパリスを見る。
「特別司法警察員。いわゆるクスリのGメンだな。使命はクスリの根絶。役所は違えど、クスリの捜査員として、昔ワシとよく一緒に仕事をした仲だ」
「司法警察員?」
「そうだ。厚生労働省の取締官だ。優秀だったぞ、知事は」
「この前の捕り物の時も、私が進言して君に大紋宮を差し向けさせたんだよ。私の元Gメンとしての、その勘がうずいてね。思った通り、君の通報だったよ。衛藤ジュリくん」
「知りませんでしたわ……そう言えばモンタギューは警察庁官僚時代に、厚生労働省の人間と力を合わせてたって言ってたわね。その厚生労働省の官僚が、このパリス知事だったの?」
「……何で、知らないのよ……選挙公報に載ってたじゃない……」
ジュリの背中から、くぐもった澪の声が聞こえた。
「……政治なんて興味ないもの……厚生労働省の人間なんて、モンタギューのおまけ程度にしか、考えてなかったわよ……」
「さて、何やらまたブツブツ言っておるようだが、もう観念した方がいいぞ。享都府警のトップ――本部長のこのワシと、元Gメンの知事を前にして、クスリが見逃されるとは思うまい。さあ、全ての罪を白状してもらおう」
「クスリ? 罪? 何のことですの?」
「がはは、とぼけるの。クスリの捜査の先々で現れる衛藤ジュリ。末端側に深くかかわっていると考えるのがごく自然」
「何を言ってますの? むしろクスリは、あなた方の闇の勢力が、蔓延させているのでしょ?」
「なるほど。確かにティバルトのような、不心得者がいたのは、ワシの不徳の致すところ。責められても、仕方があるまい。だがこれとそれとは話が別」
「別? 禁呪法で飢餓状態を作り出し、その上ティバルトのような人間を使ってクスリをばらまいているのは、あなた方ですわ。クスリの正体が砂鉄なのが、そのよい証拠」
「砂鉄? またそれか? クスリの砂鉄のことを言っていたのか? 確かにワシは鉄の呪術者。だがそれが何だ? それに禁呪法は人々の精神の堕落を予防するもの。クスリとは、関係がない。言い逃れとは、見苦しいぞ衛藤ジュリ。ティバルトともに、罪をあがなえ」
モンタギューがジリッと一歩前に出た。
「……」
その言葉に、ティバルトが更に顔を背けようとした。
だがそれは前に出たモンタギューの背中からではないようだ。その証拠に、それでもチラチラとその場に残った方の男の様子を窺っている。
「山が動いたかのようね。まるで鉄鉱石の山だわ……大した迫力ですこと……」
そんなティバルトの様子に気づかず、ジュリがモンタギューの攻撃に備えて身構えた。
「さっきから、話が噛み合んが……それはまぁ、取調室で聞こう。私が直々にな」
モンタギューがぐっと身構えた。その時――
「直々とは、二人きりのことですか? それは――嫉妬しますね」
モンタギューの背中で突然呪力が解放された。




