第三幕、ティバルト・猛襲8
「おはよう! ジュリ、澪! よく眠れたか? てか、眠ってないとか――」
ロザラインが事務所の入り口から、陽気に手を振って現れた。
「――ッ! おわ!」
そのロザラインの頬の横を、赤い炎がかすめて消える。
「何すんだよ! ジュリ!」
「それは、こっちの台詞よ……やってくれたわね、ロザりん……」
事務所の奥から、ジュリがゆらりと現れた。昨日とは違う意味で病的な眼差しをしている。
「ははん、何のことかな? てか、呪力とやらは回復したのか? よかったな」
「おかげさまでね!」
更なる一撃を食らわさんと、ジュリがロザラインににじり寄る。食らうものかと、ロザラインも身構える。二人は互いに間合いを計りながら、じりじりと事務所の机を挟んで相手の隙を探って回り合った。
「朝から、何喧嘩しんてのよ」
そのジュリの頭を澪が後ろから叩いた。身なりを整え、後は出かけるだけという格好だった。
「痛っ!」
「ひゅー、ひゅー。照れるね、ヤけるね、甘酸っぱいね! 鰤か、鰹か、メカジキかってか!」
「何を! 人を魚の照り焼きみたいに!」
「だから、何騒いでんのよ? ロザライン、皆には伝えてくれた? ジュリはほら、ロレンス僧正のところにいかなきゃ。ちゃんと、昨日のことも謝りなさいよ。分かってるの? 一斉検挙は昼からなのよ。私は宿舎に戻って、抜け出したのがバレないようにしないといけないから。もういくわよ。二人とも、本当に大丈夫なの?」
「何で、澪が仕切ってんのよ! 私のギャング団のアジトなのに!」
「ギャング団に入った覚えはないわよ」
「アタイもそうだな。元より一人親方だろ? ジュリ」
「キーッ! 腹立つわ!」
「あはは。で、澪。アタイの方はオッケーだよ。なるべく手入れの薄そうなところに、皆避難してる。ありがとな。澪の情報のお陰で、多少は時間が稼げそうだよ。後はジュリだけだな」
「だそうよ。早くいきなさいよ」
「むむむむ――ふん!」
ジュリはもはや完全復調を果たしたと思しき勢いで、
「覚えてなさいよ、ロザりん!」
事務所を飛び出すや、炎の翼を拡げ空に飛んでいった。
享都市下業区某筋褸窶嬢通り上がる――貧民街。同日昼。
「けっ! さすがに昨日の今日では、警戒もされるか」
私欲に目を歪ます享都府警の警部――ティバルトは、もぬけの殻となった貧民街を見回した。
即席のバリケードが構築されたと聞く、御冗通りの南側には人っ子一人いなかった。天頂に昇り切った真昼の太陽だけが、白々しく貧民街を照らしていた。
ティバルトが後ろから指揮をとる形で、警官隊が盾を片手に前進を始めていた。
「お楽しみは、バリケードを突破してからという訳だな」
舌舐めずりもせんばかりの様相でその四角い顔を歪め、ティバルトはバリケードに向かう。
「刑事さん! あなたのお探し物は、私が預かってるわ!」
「あぁん?」
不意に上空から声をかけられ、ティバルトが上空を見上げる。
太陽を従えるかのように、ジュリが炎の翼を背に空に浮かんでいた。
「あはは!」
「てめぇ! 衛藤ジュリ? 何しやがる!」
ジュリは身を翻して急降下するや、ティバルトに突進し喚き散らすその身にぶつかていく。
二人はもつれ合いながら、周りの警官を蹴散らし後ろのバラックの壁を突き抜けた。辻の角にあったバラックが、ホコリと資材を巻き上げながら崩壊していく。
「ついてきなさい! ティバルト! あの娘を探してる理由。皆に知られたくなければね!」
ジュリはバラックの瓦礫から立ち上がるや、警官隊と反対側に向かって宙に身を翻す。
「あん? 何を! てめぇ!」
ティバルトは後ろに振り向くや、それぞれに身構えていた警官隊にがなり立てる
「おう、お前ら! ここは任せろ! バリケードの連中を、一人残らずしょっぴいとけ!」
「あはは! 『任せろ』ですって? ご自身の都合のくせに!」
ジュリは置いていかない程度に速度を出して、ティバルトを先導する。
二人は左右にバラックがある通りを駆け抜けた。
「ほざけ!」
ティバルトが空を駆けるジュリに向かって発砲した。二発だ。
「ふふん……焦ってらっしゃるわね!」
急流を滑りゆく落ち葉よろしく、ジュリはくるくると体を入れ替えてその発砲を身の際で避ける。そのままぐんっと急降下した。バラックの一つに、天井を突き破って突入する。
「今日の私は、朝からテンションが違うわよ! さあ、食らいなさい!」
ジュリはバラックの入り口から姿を現すや、追いつきかけていた警部に何かを投げつける。
「同じ手を――食らうかよ!」
ティバルトは投げられたのが、カセットコンロのボンベと見るや、目にも留まらぬ早撃ちで銃を連射する。己より遥かに遠い位置で、飛んできた二個のボンベを撃ち抜いた。
ボンベが音を立てて爆発する。間近で聞く打ち上げ花火のような腹に響く音が上がった。
「やるわね!」
「ははっ! そりゃどうも!」
「でも、ここいらはガスの供給が、ありませんのでね!」
ジュリはそう叫ぶと、更なるバラックに入り口から突入する。その勢いのままに、トタン屋根の天井を突き破って姿を現した。
「ボンベなら――」
「いくらでもあるってか!」
姿を現したジュリが、左右にボンベを持っている。そうと見るや、警部の右手が一閃した。
「――ッ!」
やはり投げ出された瞬間に、二つのボンベはティバルトの銃に撃ち抜かれ爆発する。
弾が空になった。そうと見るやティバルトは空薬莢を捨て、一瞬で弾を込め直す。ジャグラーのごとき滑らかな指捌きだ。
「ははっ! 次は手元で爆発させてやるよ!」
次のバラックに突入したジュリに向かって、ティバルトは歪んだ笑みで銃口を向けた。




