第三幕、ティバルト・猛襲9
「ふふん!」
ジュリは突入したバラックの入り口で、丸い鉄の塊にブーツの片足を乗せた。汀のボートを押し出すように、その重い物体を足の裏で蹴ってやる。
炊飯ジャー程の大きさのそれが、入り口目がけて斜めに転がっていった。
同時にジュリは床を蹴り、天井を打ち破ってバラックを飛び出した。
「遅せぇぜ!」
バラックの天井から残骸とともに飛び出したジュリに、ティバルトは一瞬で銃口を向ける。
身を翻して飛び出したジュリのスピードに合わせて、ティバルトは銃口を移動させた。凧と凧糸が引き合うかのように、ティバルトはつかず離れず銃口を合わすや、更にそのジュリの両手の中のカセットボンベを狙った。
「食らいなさい!」
「お前がな!」
ジュリが右手に持ったボンベを放り投げた。
ティバルトはほぼ同時に狙い撃つ。上空を注視していたティバルトは、その時バラックの入り口から何かが転がり出たことに気づかなかった。
ガガンッ――とティバルトが撃ち放った二発の弾は、ジュリのボンベを同時に撃ち抜いた。
先に投げられたボンベが、空中で音を立てて爆発した。そして残りのボンベはジュリが手を離した瞬間、その手元で乾いた音を立てて穴を開ける。だが爆発はしなかった。
「空か? なら、本人をやるまでよ!」
手元で爆発させることに失敗したと見るや、ティバルトが狙いをジュリ本人に変える。空気の呪力を乗せんと左手を撃鉄に添え、ティバルトが引き金に力を込めたその時――
「そっちは、満タンですけどね!」
「なっ!」
ジュリの声に、ティバルトが慌てて己の足下を見た。
重い鉄の塊が、その身を地面にこすりつける不快な音を立てて転がっていった。一抱え程もある筒状の物体が、ボーリングの玉よろしくティバルトの前に迫ってくる。
ジュリが先に転がしていたプロパンガスのボンベだ。少々小さいサイズとはいえ、カセットボンベとの大きさの違いは一目瞭然だ。
「てめぇ!」
「はっ!」
ジュリが呪力の限りを、そのプロパンガスに向けた。
ゴォッ――バルブが開けられていたのか、轟音とともにボンベが爆発する。
「ちっ!」
ティバルトがとっさに呪力を空気の壁と化した。
炎がティバルトの体を舐めんとする寸でのところで、その空気の壁に阻まれる。
「あはは!」
「なろっ!」
だがまだ炎が収まらない中を、ジュリがティバルト目がけて突っ込んでくる。
ジュリがティバルトに体当たりをした。そして二人してもつれ合いながら飛び込んだのは、
「準備がいいじゃねぇか!」
大量のカセットボンベが、薪のように積まれていたバラックだった。
ジュリが呪力を込めて、左の掌をティバルトに向けた。
元はうずたかく積まれていたカセットボンベを突き崩し、ティバルトがその上に仰向けに倒れ込んでいた。ジュリがその上をとり、今にも炎の呪術を食らわせんと脅しをかける。
「動かないで下さいましね。少々の炎は、私は平気ですけれど、あなたは違うでしょうよ?」
「けっ! でっけーボンベといい、このカセットボンベの山といい、用意してやがったか?」
ボンベの山に背中を預け、ティバルトは両手両足を投げ出していた。
「さぁ? どうでしょう?」
「俺の位置を最初から把握していたな? 誰か漏らしたか? 帰ったら、粛正だな」
ティバルトは己の不利にもかかわらず、粛正の様を想像してかわざとらしい舌舐めずりをしてみせる。投げ出していた両手がぴくりと動いた。
「さて、吐いてもらいましょうか? あなたの狙いはマキね? マキ一人消す為に、随分と大規模な作戦してくれてるわね」
「ははっ! 女一人の為に、これだけの警官動かせる訳ねぇだろ!」
ティバルトの右手がじりじりと動く。その手はまだ銃を持ったままだ。
「実際動いてるわ」
「俺一人の為の作戦じゃねぇってことよ」
「聞き捨てならないわね!」
そのティバルトの右手を、ジュリは油断なく視界の端でとらえる。
「捨てたくないなら――拾い集めな!」
「――ッ!」
だが動いたのはティバルトの右手ではなく左手だった。いや、実際はティバルトの左手は動かず、そのままの位置で呪力だけ解放した。
途端に湧き上がる突風に巻き上げられ、ティバルトの身を支えていたボンベの山が宙に舞う。
「く……」
湧き上がった突風が、ポップコーンもかくやとボンベを次々と打ち上げる。
舞い上がったボンベがジュリの視界を防ぎ、その身に襲いかかった。
ボンベ同士が音を立ててぶつかり合う、けたたましい乾いた音が狭いバラックに響き渡る。
「死ね!」
そのボンベが踊り狂う中、ティバルトが風の力を利用して起き上がる。呪力の風に背中を支えられた、重力に反するかのような動きだ。そのまま銃を持った右手を跳ね上げた。
ボンベが入り乱れて宙を舞うこのバラックの中で、実弾を撃てば間違いなくいずれかが爆発するだろう。そして一つでも爆発すれば、後のボンベも誘爆するのは必死だ。
「撃てる訳がないわ!」
「ははっ! どうかな!」
ティバルトはやはり目にも留まらぬ早業で、弾倉を開いて残った弾丸を放り捨てた。
「弾を? 何の意味が!」
ジュリが気がついた時にはもう、
「食らいな!」
ティバルトは銃に左手を添え、上機嫌に空の銃をジュリに向かって連射していた。
「――ッ! 情報屋からの、たれ込みです」
携帯電話を片手に、澪が己の隣にいた大紋宮の上官に振り返った。
澪が振り返ったのは、バラックがひしめく辻の入り口だ。澪とその上官の前では、今まさに一斉検挙を始めようと、制服警官達が隊列と作戦の最終確認をしていたところだった。
「何? でかした、ロミオ」
「はい。はい」
澪は携帯の向こうと、上官に同時に返事をする。そして思わず吹き出しそうになってしまう。
携帯電話の向こうでは、ロザラインが鼻声で何やら訴えていた。
人相を特定されない為の鼻声だ。そして何処までも真面目に話をしながら、それでいて殊更鼻にかかるようにロザラインは話す。さぞかし景気よく鼻を摘んでいることだろう。
元より話の内容に意味などない。澪がこの場を離れる言い分を立てる為の、偽のたれ込み電話なのだ。電話をとるのが澪である以上、鼻声にはそれ程意味がない。
だがロザラインは、熱のこもった演技で鼻声を出す。迫真の鼻声で、生真面目にたれ込む。
「はい。はい……ぷっ……」
澪は思わずその様を想像してしまう。
「『ぷっ』? どうした、ロミオ?」
その様子に、上官がいぶかしげに顔を寄せてきた。
澪はとっさに返事ができない。何故ならたれ込まれる内容は、
「ジュリの奴。セロリが食えないんだぜ。セロリ。いつもの調子で、セロリ、ペロリ、ケロリとか言って、ちゃっちゃと食えってんだよな! セロリ、おいしいのによ」
どうにもどうでもいい内容だったからだ。
「いえ、あまりに、おいしい……ぷ、情報だったもので……」
「そうか」
「この近くに、ここいらのクスリの元締めがいるそうです」
澪が電話を切り上官に振り返った。澪は何とか吹き出る笑いを堪えるが、
「何! 本当か? 思わずニヤけて吹き出しそうなその顔――本物の情報のようだな」
どうにも押さえ切れず、その顔には出ていたようだ。上官が真剣な顔で頷いた。
「相手を刺激しないように、先ずは私一人で探ってみます」
「うむ」
「後で直ぐに応援を要請すると思いますので、この隊の一斉検挙は待機でお願いします!」
「分かった。待機させておこう。だが危なくなる前に、我々を呼べ」
上官が真面目な顔で頷き、制服警官達に待機の合図を出した。
「はっ!」
澪は耐え切れない笑いを誤魔化す為に、足早に辻の向こうに消えた。




