第三幕、ティバルト・猛襲6
「さて、じゃあ作戦はそれで。私は帰るわ」
一通り作戦を練り終わると、澪が席を立った。
「あら泊まっていきなさいよ。部屋空いてるわよ。ちゃんと、カギのある部屋もあるわよ」
「宿舎抜けてきたって言ったでしょ? そろそろ戻らないと、明日説明がつかないでしょ?」
「そう? 残念ね。じゃあ、そこまで送るわ」
澪が立ち上がり、ジュリが続いた。
作戦会議は退屈だったのか、ロザラインがイスに座ったまま半分船を漕いでいた。
「この馬鹿げた茶番には、クスリにかかわってる享都府警の闇の勢力が、一枚噛んでるわ」
外に出かけた澪の背中に、ジュリが不意に声をかける。本心を聞き出す為に、帰り際の気を抜いた瞬間を狙い、何の前振りもなく訊いたようだ。
「……」
「この作戦を実行したら、その闇が暴かれることになるわ。いいの? 澪」
「見損なわないで。私は大紋宮の一路澪。私は常に法と市民の味方よ」
「……そ……」
ジュリの語尾が唐突に弱々しくなった。
「何? どうしたのよ?」
澪がいぶかしげに振り返る。ジュリが真っ青な顔でうずくまっていた。
「何でも……ないわ……」
「何でもって、顔が真っ青よ」
「透き通るような肌は、生まれつきよ……」
「何言ってるの! ロザライン! 起きて!」
「――ッ! 何だ? どうした?」
眠気眼でロザラインが顔を上げ、声のした方向を探してあちこちへ首を巡らせた。
「ジュリが真っ青で……」
「はっ、またやられたのに、無理をしたな? カッコつけだからな、ジュリは」
「うる、さい、わね……」
ジュリはよろめきながら立ち上がる。
「ティバルト警部にやられてたの? 言ってくれなきゃ」
「呪力の中心を、少々……やられた、だけよ……一晩寝れば、治るわ……」
「呪力の中心? 丹田をやられたの? 大丈夫?」
「そうね、さすがにもう休ませてもらうわ……見送りは勘弁ね……じゃあ、また明日……」
ジュリは挨拶もそこそこに振り返り、階段へと向かう。そして階段に足をかけながら、そのまま壁に肩を着いてしまった。こうしないと立ってもいられないようだ。
「ちょっと、随分と無理してんじゃないの?。寝室三階だって、肩貸すわ」
「平気よ」
そう言いながらジュリは体を上げようとし、逆にずるずると壁を伝ってへたり込んでしまう。
「何処がよ! あっ、ここにくるまで、私にぶら下がってたのも、あれね。歩けなかったのね?」
「放っときなさいよ……」
「何でよ? 放っとけないわよ。何でそんな無茶するのよ?」
澪がジュリに近づきその肩を支えた。
「あんたがいると、……あま、え……たく……なるから、よ……」
「何? ジュリ? 聞こえない?」
己の直ぐ横で呟いたにもかかわらず、澪にはそのジュリの最後の言葉がよく聞こえなかった。
「ダメだな。完全に気を失ってやがる。珍しいな。ジュリが最後まで意地を張り通さないなんて。いつもの調子ならベッドまで、這ってでもいくだろうにな」
「どうしたらいい? ロザライン」
そうだなと、ロザラインはニヤッと笑った。ジュリの顔を心配げに覗き込んでいた澪は、そのロザラインのいたずらな笑みに気がつかない。
「バリケード組には、アタイから説明しておくよ」
ロザラインは声だけは真剣そのものに、
「一晩看病してやってくれないか? 寝かしつけるだけでいいしさ」
顔は今にも吹き出しそうに澪にそう提案した。
享都市上刑区下断売咬座通り東入る――享都府警本部。大紋宮――その事務所。深夜。
「分かってるって、旦那」
ティバルト警部は携帯電話を頬に挟み、己の机に足を投げ出して銃の手入れをしていた。
「旦那にゃ、いつもいい思いさせてもらってるからな。旦那とは、切れたくないんだよ」
深夜ともあって、職員はまばらだ。明日の大規模一斉検挙に向けて、皆が宿舎でつかの間の休養をとっている。
その僅かばかりに居残っていた職員を、ティバルトが手入れの途中の拳銃で狙いをつけた。口の中でバンバン呟きながら、心の中で職員を一人一人射殺していく。
「そりゃ、俺のヘマだけどよ。あんたにも、必要だろ? その、原材料――」
ティバルトは突然顔をしかめ携帯から耳を離した。元より頬に挟んでいた携帯電話。多少首を傾げたところで、離れるものでもない。
「分かった。分かったって。滅多なことは言わねえよ」
ティバルトは銃を机の上に置き、携帯に持ち替えて耳から離した。
携帯がキンと甲高い音を立てて震えていた。それはまるで内部の金属の部品が、何かに共鳴しているかのような細かく耳に響く音だった。
「だから、携帯越しに呪術を使うのは止めてくれ。俺の空気の呪術と違って、あんたのはこんな鉄の機械越しでも、結構効くんだよ」
空気の呪術使いの警部はニヤニヤ笑いながら、携帯に話しかける。その声は相手の弱みでも握っているのか、何処かバカにした感じがする。
「俺と旦那は一蓮托生。比翼連理といこうじゃないですか。じゃあ、出張お疲れさんです」
ティバルトはやはり私欲に歪んだ笑みで、馬鹿にしたような口調のまま電話を切った。
「はは。あの旦那と切れたら、ご機嫌なこいつも、手に入らないからな」
私欲に歪んだ警部はそう呟くと、己の懐からワニ皮の財布を取り出す。本人の面の皮によく似合う、分厚い皮の財布だ。ティバルトはその中から更に何かを取り出す。
それは和紙に包まれた――黒い粉だ。
「にげぇのが、玉に瑕だがな……おっと、現行犯逮捕されませんように――っと……」
他の職員に見えないようにその和紙の包みを開けると、ティバルトは小指の先に微かにその粉末をつける。そしてそのまま満足げに己の舌先に持っていった。




