第三幕、ティバルト・猛襲5
「ここが私のアジトよ」
御冗通りを西にいき、一筋北に上がったところでジュリが薄汚れたビルを見上げた。大きなたんこぶをさすりながら、その痛みと、漏れ出る涙をこらえるように首を上げる。
「警察官に堂々とアジトを教えないでよ。目隠して無意味に連れ回すとか、色々考えなさいよ」
「あなたは私を信じてアジトにきてくれた。今度は私があなたを信じる番でしょう?」
「てかその前に、何おおっぴらに看板出してんのよ」
そう、ジュリが案内した建物の前には、
――『キャピキャピレッドギャング団/ならず者お断り』
の文字が、見た目も可愛らしく、ブリキの板に丸文字で書かれていた。
看板は入り口脇に立てかけられている。まるでおしゃれなカフェ気取りだ。
イメージキャラクターなのか、その看板には猫のイラストが散りばめられていた。
「『ならず者お断り』なんだ。ギャング団のくせに」
「だって。ならず者だなんて、怖いじゃない」
「いけしゃあしゃあと、あなたがそれを言うの?」
「今度から『警察官立寄所』も入れるわ。もっと安心ね」
「あのね」
「だって嘘じゃないでしょ? 澪のお陰でね」
ジュリはふふんと笑うと、扉も何もないそのアジトに入っていく。
「むむ!」
澪が一言唸ってその後に続いた。
三階建てのビルだ。元々一階は店舗用で、二階三階がテナント用のようだ。元はシャッターとガラス戸があったと思しき入り口は、ものの見事に大きな四角い穴を空けている。扉はない。立てかけて入り口を塞ぐ為のトタン板があるだけだ。開放感溢れる事務所だ。
「私はここの三階に住んでるの。二階は皆が集まる時に使ってるわ。一階は見ての通り受付兼事務所。まあ、寒風吹きすさぶから、冬は大抵二階に逃げ込むけどね」
ジュリが率先して入り、澪とロザラインが続いた。
「受付って、何よ? ギャング団が何を受付すんのよ?」
「よろず相談事かしら。弱い人間は、助け合わないと生きていけないのよ。あっ。そこにロレンス様からいただいたお茶っ葉があるから、いつでも気兼ねなく飲んでね。ガスはカセットボンベ式があるけど、私は滅多に使わないから、最初に使う時は気をつけてね」
「ありがとう――って! 何でそう何度もくるような前提で、話が進んでるのよ!」
「あら、つれないわ。もうお友達でしょ、私達?」
ジュリはそう笑うと壁際の机に向かう。そしてその上にあったカセットボンベ式のコンロの前に自ら立った。その後ろで、真ん中にあった事務机を挟んで澪とロザラインが席に着いた。
澪にコンロが見えないように立ち、ジュリはそのコンロに左手をかざした。いつもならたちどころに上がる炎が、プスッという音を立てて消えた。
「――ッ!」
同時に鳩尾に痛みが走る。やはり呪力は回復していないようだ。
ジュリは何げない風を装うと、右手でコンロのスイッチを回した。
「どうしたの? 呪術使わないの?」
「嫌がるでしょ、澪は?」
「そりゃ、そうだけど……」
珍しく人のことを思いやるジュリに、澪はいぶかしげに首を捻った。
「他の団員は? あっ! 言いたくなかったらいいけど」
澪は振る舞われたお茶をすすりながら、自分の他はジュリとロザラインしかいない事務所を見回した。ジュリのギャング団は謎が多い。構成員への疑問が自然と口に出てしまったようだ。
「いないわ。私一人よ」
「いない? 一人? てか、シレッと大事なこともらしてない? 本当なの?」
「そっ、ジュリの奴、立場の弱い人間の為に、ギャング団って体裁を取ってるだけさ」
「解説なんて、いらないわよ、ロザりん」
「どういうこと?」
「ま、単純に数がいると見せかける為だな。立場の弱い人間を、ギャング団のシマの人間だと言い張って守る為にな」
「へぇ」
「だから何勝手に、解説してんのよ、ロザりん」
「本人はカッコつけて、ろくに説明しないからだろ」
「ふん。今はそんな話どうでもいいの。澪、明日の大規模なローラー作戦だけど。本当なの?」
「ええ、本当よ。私は本当なら、明日に向けて待機中。宿舎をこっそり、抜け出してきたの」
「あら、ただの優等生かと思ってたら、やるじゃない」
「そんなことはどうでもいいの、ジュリ。明日の大規模一斉検挙。提案者はティバルト警部って人なんだけど……覚えてる? パーティであなたを撃った人よ」
「今日も会ったわよ。拳銃の引き金を、おもちゃの鍵盤か何かと勘違いしてるあいつよね? バンバンひいて、ガンガン撃ち鳴らして、ジャンジャン喜んでるあのバカよね?」
ジュリが鳩尾の痛みとともに、背の高い四角い顔の男を思い出した。
「そう。でも、その警部の目的がよく分からないの」
澪が眉間をひそめる。今現在も考えようとしているようだ。
「簡単よ。殺したはずの相手がまだ生きている。だから検挙の混乱に紛れて殺しにくるのよ」
「なっ! いくら何でも……」
「殺す理由も、顔を覚えられたからよ。理由も手段も、短絡だわ。むしろ定規で引いたみたいに、理由と手段が一直線に繋がってる。狐顔じゃないという以外は、疑いようがないもの」
「そんな……」
「おそらく、一斉取り締まりっていう曖昧な目的に隠れて、自分の目的を果たすまでは検挙を続けるはずよ。あの男は。どさくさに紛れてね」
「でも私はまだ、府警の人間を疑ってる訳じゃないからね」
「ティバルトはかなり怪しいわ」
「確かに……モンタギュー本部長が出張でいないこの間を利用して、今回の検挙を画策したようにも思えるけど……」
「モンタギューだって怪しいわよ。責任逃れの為に、自分がいない間にティバルトを動かしてんじゃないの?」
ジュリが享都府主催のパーティを思い出す。今でも身震いしそうだ。背後からのあの視線。ジュリの正体を見抜いて尚、あのとぼけた対応。怪しいとしか思えない。
「モンタギュー本部長は、立派な人よ。呪力も権力もあるから、ひねくれ者のジュリから見れば怪しいかもしれないけど」
「ふん、ひねくれ者で結構。で、鉄の呪術者なのよね? モンタギューは?」
「そうよ。そうだけど……それだけ疑うのは、無理があるわよ」
「これだけ急速かつ、広範囲に正体不明のクスリが蔓延してるのよ。力を持った人間が、裏でかかわってると考えてもおかしくないわ。それこそ警察のトップのような人間がね」
「全部ジュリの推測じゃない? 色眼鏡で人を見るのはよくないわよ」
「どうだか」
「そんなことより、どうすんだよ、ジュリ? 今は明日の捕り物の方が大事だぜ」
ロザラインが二人の会話に割って入り、グッと身を乗り出した。
「そうね……その捕り物。さすがに大物が捕まれば、一旦は落ち着くんじゃないかしら?」
「ん? 何だよ? ジュリ?」
「さも、目的を達したかのような気にさせるのよ。そして実際護送か何かで、人数を割かせるのよ。先ずはその警部も、押さえないといけないけどね」
「そうね……To be, or not to be:――」
澪がすっと目を細めて呟くと、
「As You Like It!」
ジュリが後を受けた。そしてまるで他人事のように、
「そういう扱いの人間が逮捕されれば、皆がそっちに気を取られるんじゃなくって?」
ジュリは暢気にお茶をすすりながらその後を続けた。




