第三幕、ティバルト・猛襲4
「ジュリ。マキの奴、やっと眠ったよ」
ジュリと澪が睨み合っていると、そこにロザラインがやってきた。バリケードの中の大人達をかき分けて、ロザラインはジュリの背中を見つけて近づいてくる。
「おっ? 何だ? 何か険悪な雰囲気だな」
ロザラインがバリケードの向こうのジュリの背中にその苛立ちを読み取った。
「別に……お客さんをお出迎えしているだけよ。もう帰ってもらうけど」
そのジュリは振り返りもせずに素っ気なく答えた。
「あれ? あんた昼間の刑事さん?」
「あっ……あの時の……」
「何よ。何でロザりんが、澪を知ってんのよ」
「お前らこそ知り合いかよ? あの刑事さん、昼間アタイらを見逃してくれたんだよ」
「見逃した? 澪が? ロザりんと、マキを?」
「おう! ハンカチくれたぜ。これでマキの口元を拭けってな。サンキューな! 刑事さん!」
「ハンカチ? 口元拭えって、それって……」
ジュリが今朝の光景を思い出す。澪は背広の上着すら、見ず知らずの子供に与えようとしていた。確かにあの澪なら、ハンカチの一つぐらい渡してもおかしくない。
「何? 見逃したっての?」
ジュリは澪の真意を読み解こうと、ジッとその澪を見つめた。
「別に、容疑不十分な人間を、逮捕なんてしないわ。普通の対応よ」
「ふーん。一応私からも礼は言っておくわ。ありがとう」
「で、何しにきたんだ? いくら人のいい刑事さんでも、今はヤバいぜ。皆殺気立ってる」
「明日、もう一度手入れがあるわ」
「――ッ!」
澪の突然の告白に皆が息を呑む。一斉に色めき立った。このバリケードを守る為にここにいるはずなのに、既に腰を浮かして逃げ出そうとしている者もいる。
「逃げても無駄よ。大規模のローラー作戦で、もう周囲には検問も敷かれているわ」
「何、澪? 笑いにきたの? 袋のネズミの私達を? それともそのネズミに噛んで欲しいの、享都府警の飼い猫さん?」
ジュリが慎重に澪に近づいていった。自身がまだ油断すればふらついてしまうのと、バリケードの向こうの人間を刺激しないようにと、ゆっくりと近づく。
「違うわ、ジュリ。時間がないの。嫌みを聞いている暇はないの」
「なら、話して」
ジュリが澪の前に立った。真っ正面から向き合った。
「私はこの暴挙を止めたいの。少なくとも、罪のない人を捕まえたくはないの」
「信じていいのかしら?」
「信じて」
「どう信じればいいのかしら? 享都府警の刑事さんを?」
「それは……」
澪が眉間に皺を寄せて考え込み始めた。どこまでも真剣な顔だ。
「クスッ。まあ、いいわ。なら、私のアジトまで、きて下さらない」
その様子にジュリは笑った。またこの笑いだ。この笑みの度にジュリの中で何かがほぐれる。
「アジト? キャピキャピレッド団とかいう、あなたのアジト」
「そうよ。私を信じてついてきてくれるのなら、私もあなたを信じてあげる」
「何か企んでるんじゃ、ないでしょうね?」
「まぁ、澪! あなたの決意はまるで掃除機のコードのようね! 機嫌良く主と一緒に尻尾を振っていたと思ったら、突然緊張に身を張り、そして身勝手にもいきなり奇声を発して切れるのよ! もう、限界! これ以上はいきたくない! ビヨヨーン! ブチッ! てね!」
「何よ? 何いきなりはしゃいでんのよ? それに別にいかないなんて、言ってないわよ」
「あ、そう。じゃあ、いきましょう」
ジュリはそう言うと、皆に振り返った。
「皆さん! ちょっと情報交換してきますので!」
ジュリは皆にそう告げると、澪の腕を取り引っ張った。
「ちょ、ちょっと」
「足下暗いわよ。しっかり掴まって」
ジュリは困惑する澪の顔を見上げながら、更に腕まで組んだ。あまつさえ甘えるように、頬を澪の肩に預けた。もはや自然と出る笑顔を隠そうともしない。
「――ッ! なっ! 何よ、ジュリ!」
「ふふん!」
ジュリは上機嫌に澪に掴まり、比翼連理と御冗通りの向こうに消えた。
「何だ、ジュリ? いつになくご機嫌だな?」
手をとって歩き出したジュリと澪の後を追って、ロザラインが駆け寄ってきた。
「そう? いざとなったら逃げ出さないように、連行してるだけよ」
「そうか?」
「ちょっと、ジュリ。あんまり寄りかからないでよ。歩きにくいわよ」
「いいじゃない」
「てか、何でそんなにぶら下がるように、人の腕掴むのよ。自分の足で歩きなさいよ」
三人は東西に延びる御冗通りを西へと歩いていく。夜になり交通量の落ちた大通りだ。
「ジュリ姉ぇ!」
「ジュリ姉ちゃん!」
しばらくいくと、辻交う小さな筋から子供達に声をかけられた。子供達がジュリに駆け寄る。
「どうしたの皆? 駆けっこは昼間にしなさいな。夜の駆けっこは、命懸けっこよ」
ジュリは澪の手を離すと、子供達に屈んで顔を寄せる。
「だって、バンバン音が鳴って、怖かったんだもん」
「昼間だって、ジュリ姉のこと、皆捜してたんだよ」
「……」
その子供達の無邪気な声に、澪が額に陰を落として顔をそらした。
「大丈夫よ。御冗通りのずっと向こうの話だから。それにもう終わったわ」
ジュリはにっこりと笑って、手短な子供達の頭を撫でてやる。
「ジュリは……ここの子供達を養ってるの?」
「……」
ジュリが子供達の頭を撫でながら、中途半端な角度で振り向く。それはまるでこのまま振り向いていいものかと、澪を試しているような態度と視線だった。
「何よ、答えてくれてもいいでしょ?」
「スカートの向こうと、演劇の垂れ幕の裏は似たようなもの。かかわる気がないのなら、その向こうは覗かないのが、お客さんの粋というものよ」
「むっ! お客さんって何よ? 国も府も、子供達の保護には力を尽くしてるわ。ジュリ達にだけ、偉そうな顔をされる覚えはないわよ」
「力を尽くしてる? それ以上の早さで生み出しておいて、何を言ってるのかしら?」
「そんなこと……ないわよ……」
「それに子供達を養ってるなんて、偉そうなことは言いたくないわ。子供達は放っておいても、勝手に育つものよ。それこそ雑草のようにね。私達は場所を――チャンスを与えてるだけよ」
ジュリがいつになく真剣な顔で応えると、
「ふぅん」
「で、大きくなったら、キャピキャピレッドギャング団の構成員になってもらうの」
感心した様子の澪を裏切るかのように一転してふざけた顔で続けた。
「なっ?」
「おーっ!」
「任せろ!」
目を剥く澪を余所に、子供達が喚声を上げてジュリに応える。嬉しそうに銃を乱射し、斬り結ぶ真似をし始めた。ジュリが真ん中でポーズをとると、子供達が周りを囲んで真似をした。
「ちょっと、ジュリ!」
「大丈夫だ。この子らは、アタイがギャングになんかさせないからな」
ロザラインが子供達の首根っこを掴まえて、そのギャングごっこを中断させる。
「ほら、お前ら早く寝ろ。明日は朝から大騒動だからな」
「分かった、ロザ姉ぇ! 寝る! ジュリ姉ぇ、明日ね!」
「ジュリ姉ぇ! ギャング団の掟、今度教えてね!」
「警察のあしらい方もね!」
子供達は思い思いに叫びながら、バラックの建ち並ぶ筋に走っていく。
「はは、いいわよ」
「てか、警察のあしらい方って何よ?」
ジュリが機嫌良く手を振り、澪がギロッとジュリを睨みながらこちらも手を振った。
「あと、男を手玉に取る方法もね!」
最年少と思しき少女が、バラックの向こうに消える前に手を振って振り返る。
「任せな――」
ジュリが気前よく返事をする前に、
「何を教えんてんだよ、お前は!」
ロザラインの拳がジュリの頭を打ちつけた。




