第三幕、ティバルト・猛襲1
ティバルトの銃が火を噴くや否や、ジュリが本能的に炎の壁を立ち上げた。
「ヒュウ……やるねぇ……」
弾丸はジュリの炎にやられ一瞬で変形し四散した。いまだ立ち上がる炎にそうと見るや、ティバルトが軽く口笛を鳴らす。だが炎が収まるとそこに残っていたのはジュリ一人だけだった。
「――ッ! あぁん! あの女、何処へやった!」
「あの娘はあなたの弾のように、気ままに飛んでいく尻軽な玉ではございませんのよ」
ジュリがいつもの調子をやや取り戻す。一人の方が気が楽なのだろう。
「本命のところに飛んでったってか? はっ! 捨てられたって、聞いてるがな」
「何故そんなことまで知ってるのかしら? とても背の高いお兄さん?」
「ティバルトだ。愛しげに呼んでくれていいぜ。おう! 女を追え!」
ティバルトは背後に振り返り、控えていた警官に顎をしゃくってみせる。
「名前なんてどうでもいいわ。教えなさい。何故マキのことを知ってるの?」
「さあ、どうしてかな? 当ててみな」
「何て私欲に歪んだ顔。答えを言ってるようなものね……隠しておけばいいものを……自慢したがりなのね。半端だわ。まるで夜空に浮かぶ半月のよに半端な男だわ」
「あぁん?」
「無様だと言っているのよ。満ちていることへの不安に惑わず、欠けていることの不遇も嘆かず、ただ浮かんでいるだけの無様な半端者よ」
「あん? 何、言ってんだ……」
「目的と快楽。どちらも満たそうとするから、中途半端になるのよ。目的の為にストイックに我が身を削っておくか、快楽の為にヒステリックに我が身に欲望を溜め込んでおきなさい」
「ふん。ただの時間稼か。ま、お陰でこちらも、周りは固めさせてもらったがよ」
話すうちに背後に回った制服警官達が、自分達の間合いにジュリをとらえた。そのことを確かめたティバルトが、舌舐めずりをするかのように乾き出した唇を舌で湿らす。
「やれ!」
ティバルトの号令一下、制服警官達がジュリに背後から飛びかかった。
ロザラインは擦り傷だらけで、バラックの裏の筋に飛び出した。そう、文字通り飛び出した。
バラックの裏は僅かな隙間を空けて、後ろにあった隣家の壁と接していた。
ロザラインはバラックを裏口から抜け出すや、その隣家同士の壁の間に体をよじ入れた。そして壁を伝って裏の筋に出るや、派手に転げ出てしまったのだ。
「いてて、わりぃな、マキ!」
同じく擦り傷だらけのマキに謝りながら、ロザラインはそのままそのマキの腕を肩に担いで筋を小走りにいく。細い辻を見つけるや、奥まった家に続くその先は袋小路の辻に飛び込んだ。
ロザラインは袋小路のいき止まりに突き当たるや、やはり垣根を打ち破った。更に敷地を越えてその向こうの崩れたブロック塀を乗り越えると、またもや筋に転げ落ちた。
「も一つ、わりぃな、マキ!」
方々傷だらけになりながら、ロザラインはマキととともに立ち上がる。マキはその間、ぴくりとも動かない。唸るだけだ。そんなマキをロザラインは懸命に抱えて走る。
「――ッ! ヤベッ!」
しかしロザラインは次に飛び出した辻の先で、警官隊にゆく手を阻まれた。
「しまった……」
慌てて振り返るが、そこにも既に警官がいた。前に三人、後ろに二人だ。
前の一人は私服警官だ。着慣れていないのか、そのスーツ姿は何処となくぎこちない。
その刑事と思しき警官が、おもむろにロザラインとの距離を詰めた。
「そっちの娘……随分と口元が汚れてるわね……」
そしていかにも職務に忠実そうなその警官は、マキの口元を見てゆっくりと口を開いた。
ガンッ――味方の制服警官が入り乱れる中、ティバルトはためらいもなく銃を発射した。
「なっ!」
ジュリはそのことに目を剥き、それでも炎の壁をとっさに張る。やはり撃ち込まれた弾丸は、ジュリの呪力に負けて一瞬で変形し、そのいびつな形故に四方に飛んでいく。
「――ッ!」
だがジュリは左肩に鈍器を突き込まれたような衝撃を覚える。
「ぐはっ!」
ジュリのその背中で、同じく衝撃を受けたように警官が一人後ろに吹き飛んだ。
その様子に他の制服警官達がたじろぎ動きを止めた。
「ぐ……何? 何が起こったの……」
ジュリは肩を押さえて、歯を食いしばる。弾丸は確かに四散させた。
しかし弾を食らったかのような衝撃が、ジュリの左肩を撃ち抜いていた。あまつさえその衝撃は、後ろの警官すら吹き飛ばしていた。
「はは。弾を変形させる程の呪術でも、衝撃波そのものはどうしようもないってことだ」
味方ごと銃を撃った男――ティバルト警部は、その銃身を舐めんばかりに舌を出す。
「?」
「呪術は貴様の専売特許じゃねぇってことだよ、お嬢さん」
よく見ると警部は、先程までとは違い撃鉄に左手を添えていた。それは呪術的な利き腕だ。
「弾丸に、呪力を乗せたね……」
「おうよ。炎の呪術使いさんよ。こちとら、空気の呪術使いさ」
ティバルトがジュリに銃口をピタリと向けた。
「弾丸の衝撃波を操るなんて、お易い御用さ。おっと別に、お縄の御用とはかけてないぜ」
ティバルトは調子も軽くそう言うと、やはりためらいもなく引き金を引く。
「――ッ!」
またもジュリの炎が弾丸を四散させる。だが脇腹に撃たれたような衝撃を受けた。防げない。
「くくく……」
「おのれ……」
ティバルトが不敵に笑い、ジュリは脇腹を押さえて悔しげに唸る。
ジュリは呪力を足下に集中した。ブーツが炎を上げる。
「おっと、てめぇが避けると、後ろの警官に弾が当たるぜ」
「なっ!」
一気に飛び上がるべく、足元に力を入れていたジュリが目を剥いた。
ガガンッ――二発が同時発射された。聞く者にそう感じさせる程の発射音で、ティバルトが撃鉄を起こし引き金を連射する。
ジュリは本能で炎の壁を展開するが、やはりその衝撃波を防げない。
「――ッ!」
鳩尾に食らった。それは丹田とも呼ばれる場所――呪力の中枢だ。
「が……」
ジュリが鳩尾を押さえて、その身を捩る。背後で警官隊数人が吹き飛んだ。
「俺らみたいな呪術使いには、丹田は効くだろ? えぇ? 緋撃のジュリエットさんよ」
何もできないジュリに向かって、ティバルトがゆっくりと歩いてくる。
「――ッ!」
ジュリの上に影が落ちた。こめかみに鉄の塊が押しつけられる。銃口だ。
勿論ティバルトは――
「これで終わりだ!」
何のためらいもなく引き金を引いた。