第三幕、ティバルト・猛襲2
「女? 少女警官? あっ! いや、違う。これはよ、その……あれだ……何だ……」
声をかけてきた警官のあまりに若く高い女性の声に、ロザラインは面を食らったようだ。慌てふためきながら、しどろもどろに応える。ロザラインの目があちこちに泳いだ。
そんなロザラインを余所に、私服の警官が口を開く。
「そんなに慌てて、逃げてきて。クスリ――」
「いや! 違う! その――」
「クスリ――の取り締まりは、とばっちりでもご免よね。巻き込まれるのは嫌よね」
「へっ?」
「煤けたところを逃げてきて、口元がホコリで汚れたりもするわよね」
そう言うやその警官は、取り出したハンカチでマキの口元を拭ってやる。周りの制服警官達も、特にそれを咎めようとはしない。マキの口元から奇麗に黒い涎が拭われた。
「ハンカチは? 持ってる?」
「えっ? いや、持ってない」
「そう、これ使って。女の子なんだから、顔は常にきれいにしとかないとね」
「あ、いや、その……」
呆然としているロザライン手に、その私服警官は自分が使ったハンカチを押しつけた。
「ここを抜けるまでは、しょっちゅう拭ってあげなさい。さぁ、いって。巻き込まれるわよ」
「お、おう……」
ロザラインが駆け出すと、前にいた他の制服警官が道を空けてくれた。
「何だ? 見逃してくれたのか? 誰も追ってこないぞ」
ロザラインはその先にあった辻を曲がりしなに、警官達の方に振り向く。
ロザラインはとりわけその不思議な行動に出た少女警官の後ろ姿に――
「てか、礼を言い損ねたな。ま、あんがとよ」
言葉だけでも礼を言って辻の向こうに消えた。
「――ッ!」
ジュリのこめかみで、その頭蓋骨の中で、撃鉄が薬莢を打ちつける音が鳴り響く。
だがそれだけだった。引き金は確かに引かれたが、弾丸は発射されずに撃鉄だけが降りた。
「おっと! そういや、一発〝ガンかけ〟に撃ってたっけな!」
ティバルトはわざとらしげにそう言うと、弾倉を空けて無造作に空薬莢を道路に捨てた。六個の空薬莢が音を立てて転がった。本人の笑い声に呼応するかのように、甲高い音が鳴り響く。
「この……」
ジュリが大地を蹴る。右手をふるった。ふらつく腕の、闇雲な拳だ。
「ふん」
そんな力ないジュリの右の拳は、ティバルトの銃床に簡単に迎え撃たれてしまう。
「が……」
右手に走る痛みに、ジュリが思わず声を漏らす。堪らず身を捩った。ティバルトがゆっくりと弾倉に弾を込め直すのが、その視界の端に写った。ティバルトが今まで見せつけた銃の腕前なら、あんなにゆっくりと弾を込める必要などないだろう。
遊ばれている――
ジュリはとっさにそのことを悟り、己の左手に呪力を送る。狂ったかのように、鳩尾で呪力が暴れた。まるで制御できない。
「はは、何だそりゃ?」
実際くすぶるようにしか炎が上がらず、ジュリはティバルトに鼻で笑われる。
「く……」
ジュリが地面を蹴った。飛んだ先はマキのバラックだ。受け身も何もないような勢いで、扉を打ち破って飛び込む。勿論マキもロザラインも、もう逃げ出している。そのロザラインが持ってきた鍋が目に入った。いや、正確に言うとその鍋の下をジュリは睨みつけた。
ジュリが床を蹴り、本能的にそれに飛びつく。
「逃すかよ」
ティバルトが銃口を突きつけながら、バラックに突入してくる。そのティバルトの面前に放物線を描いて何かが飛んできた。
「――ッ!」
ティバルトが反射的にその鉄の筒を撃ち抜こうとし、その直前で本能的に引き金を止めた。
「安い挑発に、単純な罠だ! その程度の思惑に乗るような、俺じゃねえよ!」
筒状の金属は――カセットボンベだった。ジュリがとっさに鍋の下のコンロからボンベを取り出し、ティバルトに投げつけていた。撃ち抜けばティバルトの面前で爆発していただろう。
「姑息な真似を――」
「うおおおぉぉぉおおおっ!」
だが尚も毒づくティバルトに代わり、ジュリが渾身の炎の呪力をそのボンベに叩きつけた。
ジュリの呪術が生み出したのは小さな炎だった。それでもジュリの執念が勝ったのか、
ボッ――という音を立ててボンベが爆発した。
ジュリの怒りそのもののように、爆発が二人の間に炸裂する。
「この! てめえ!」
「……」
ジュリはその爆発を全身で受け止めるかのように両手を広げた。同時に床を蹴る。
バラックの裏へ。先程ロザラインが逃げていったバラックの裏側へ、爆風に逆らわずジュリは飛んでいく。ジュリは爆風で裏口から投げ出された。隣家の壁に背中から当たってしまう。
「く……」
そして立ち上がるや、渾身の力で地面を蹴った。
「結局、人間コンロって訳ね……情けない……」
炎を上げるバラックを背に、ジュリは民家の壁の上によじ登るや駆けていった。
「ちっ……」
ティバルトは反射的に空気の呪力を解き放ち、その爆風と熱風を己の前で遮った。
爆風が収まるまで、その煙の向こうから反撃がないかと、神経を集中して待ち構える。
だが煙が収まるに連れて、その向こうにジュリの気配がないことが知れる。
「逃げたか……案外つまんねぇ女だな……」
ティバルトは舌打ち交じりに呟くと、炎渦巻くバラックの中で懐から無線機を取り出した。
「そっちはどうだ? あん? 逃げられただ? そっちの筋にゃ、ロミオもいただろうが!」
連絡しているのは、先程バラックの裏に走らせた制服警官のようだ。
「けっ! どいつもこいつも、使えねぇ! おい、捜査範囲を広げるぞ! 一旦署に戻る!」
ティバルトは不快げに無線機から顔を離す。そして鬱憤を晴らすかのように――
「大規模作戦へ格上げだ!」
空気の呪力を解放するや炎を上げるバラックを派手に吹き飛ばした。




