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死者の記憶を食べる検屍官、自分を殺した犯人を追ううちに七つの未解決事件の真相に辿り着く  作者: ぽんぽこライフ


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最終法廷――死者は嘘をつかない

 凛が冴の手を握った。すぐに離した。


 東京地方裁判所。法廷前の廊下。冴は黒いスーツを着ていた。普段は白衣かダークトーンの私服しか着ない。今日だけは、正装していた。


 廊下に四人がいた。薫、嶋田、安西、凛。御堂は別室で証言の準備をしている。


 嶋田が冴の肩を叩いた。


「行ってこい。朽木先生」


 安西が小さく頷いた。薫が冴の目を見て、何も言わずに微笑んだ。


 凛が冴の手を握った温もりが、まだ掌に残っている。


 冴は法廷の扉を開けた。



  ◇



 傍聴席は満席だった。報道陣が最後列に並んでいる。カメラは禁止されているが、スケッチ画家がペンを構えている。


 被告人席に神崎怜司が座っていた。銀縁眼鏡。端正な容貌。穏やかな表情。逮捕されてなお、その佇まいは崩れていなかった。冴が入廷すると、神崎は僅かに目を細めた。微笑んでいるように見えた。


 冴は証言台に立った。


 裁判官が手続きを開始した。予備審問。神崎怜司に対する殺人教唆、証拠隠滅、公務員職権濫用の容疑。


 検察が冴を証人として呼んだ。


「証人、朽木冴。あなたの職業は」


「法医学者。検屍官です」


「あなたには、死者の遺体に触れてその最期の記憶を読み取る能力があるという主張を検察に行っていますね」


「はい」


「その能力について、証言してください」


 冴は息を吸った。法廷の空気が冷たい。傍聴席から数百の目が冴を見ている。


「私は幼少期に、鏡花プロジェクトと呼ばれる政府主導の実験を受けました。その結果として、死者の遺体に直接触れることで、死の直前約三十分間の記憶を読み取る能力が発現しました。この能力は二十年以上にわたり継続しています」


 神崎の弁護団が立ち上がった。


「異議。証人の主張は科学的根拠を欠いており、精神鑑定の対象であるべき内容です」


 検察が応じた。


「検察は先週行われた実証実験の結果を提出します。証人が事前情報なしに遺体から得た情報が、後日の捜査で全て事実と確認されました。実験記録と照合結果をご覧ください」


 資料が裁判官に渡された。傍聴席がざわめいた。


 冴は続けた。


「この能力を用いて、私は七つの未解決事件の被害者の記憶を読み取りました。さらに、同じ実験を受けたもう一人の被験者、高宮鈴音の記憶も受け取りました。鈴音は七つの殺人の実行者であり、同時に被告人・神崎怜司の指示で行動していた被害者です」


 神崎の表情は変わらなかった。穏やかな微笑みのまま。


「鈴音の記憶には、神崎被告からの殺害指示の詳細が含まれていました。日時、場所、対象者の名前、指示の方法。これらは別途復号された通信記録と完全に一致しています」


 冴は七つの事件を順に証言した。藤原美咲。柏木亮太。園部真司。関口義人。水野遥。仲村明日香。高梨昇。一人ずつ。記憶の中で見た光景を言葉にした。


 声が震えた。だが止まらなかった。


 傍聴席が静まり返っていた。息を呑む気配だけがある。



  ◇



 御堂が証言台に立った。


「私は鏡花プロジェクトの主任研究者でした。プロジェクトは実在し、二名の幼児を被験者として実験を行いました。被験者01が朽木冴。被験者02が高宮鈴音です」


 御堂の声は落ち着いていた。手だけが震えている。


「プロジェクトの監督官は被告人・神崎怜司です。プロジェクト終了後、被験者02は神崎の管理下に移されました。以後二十二年間、鈴音は神崎の指示で活動していました。私はこの事実を知りながら、沈黙していました」


 安西の通信記録が提出された。復号されたメッセージの全文。日付と時刻が刻まれた殺害指示。


 薫の再鑑定報告書が提出された。七つの事件の法医学的証拠。園部の肺水の組成分析。仲村の鎮静剤の検出。水野の検体紛失と偽署名。


 凛が引き出した東栄製薬元経理部員の証言が読み上げられた。十五億円以上の裏金。資金環流の証拠。


 嶋田が収集した封印文書が提出された。「鏡花計画に関する対応について」。被験者02の「特命対策室預かり」の記載。


 証拠が積み上がっていく。一つ一つは断片だが、合わさると一枚の絵になる。二十五年にわたる国家規模の犯罪の全容。


 神崎の銀縁眼鏡の奥で、初めて瞳が揺れた。微笑みは消えていない。だが目だけが動揺を映していた。


 弁護団が反論を試みた。


「証人の能力は科学的に解明されておらず、記憶の信頼性は担保できません。通信記録も改竄の可能性が――」


 検察が遮った。


「被告人は先日の記者会見で『能力者の存在』を明確に否定しています。しかし被告人は以前、朽木冴に対して『能力者』という言葉を自然に使用しています。能力者の存在を否定しながら、能力者を管理下に置いていた。この矛盾を被告人はどう説明されますか」


 傍聴席がざわめいた。神崎の弁護団が顔を見合わせた。


 最後に、冴がもう一度証言台に立った。


「七つの事件の被害者は、全員が鏡花プロジェクトの秘密に触れた人間でした。神崎被告は秘密を守るために、鈴音を道具として使い続けた。鈴音は殺人者であり、同時に最大の被害者です。彼女は二十五年間、白い部屋の中にいました。自由も、名前も、猫を飼うことすら許されなかった」


 冴の声が震えた。鈴音の記憶が頭の中で疼いている。


「死者は嘘をつかない。だから私も嘘をつかない。七人の記憶と、鈴音の記憶。全てを証言します」


 法廷が沈黙した。


 神崎が口を開いた。法廷で初めて。


「朽木先生」


 穏やかな声。銀縁眼鏡の奥の目が冴を見ている。


「君は死者の声を届けたつもりだろう。だが、その能力を作ったのは私たちだ。君自身が、鏡花プロジェクトの最大の成果なんだよ」


 微笑んでいた。目だけが冷たく光っていた。


 冴は神崎を見つめた。怒りはなかった。あるのは静かな確信だけだった。


「神崎さん。あなたが作ったのは能力だ。だが、この能力で何をするかを決めたのは私だ。鈴音の能力で何をさせたかを決めたのはあなただ。その違いは、法廷が判断する」


 裁判官がメモを取った。傍聴席が静まった。


 冴は証言台を降りた。廊下に出ると、四人が待っていた。凛が駆け寄ってきた。薫が微笑んだ。嶋田が頷いた。安西が目を赤くしていた。


 冴は壁にもたれた。足が震えている。七人分の記憶が頭の中で騒いでいる。だが、届けた。声を、届けた。

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