世論の嵐――異能者への審判
記者たちのシャッター音が機関銃のように鳴り響いていた。
冴の自宅マンションの前。カメラのフラッシュが白く瞬く。マイクが突き出される。怒号に近い声が飛び交う。
「朽木さん! 死者の記憶を読むというのは本当ですか!」
「詐欺ではないんですか!」
「検察と何を話したんですか!」
冴はカーテンの隙間から外を見ていた。マンションのエントランスに二十人以上の報道陣が集まっている。隣の住人が困惑した顔で通り過ぎていく。
携帯が鳴った。凛からだった。
「お姉ちゃん。私、今マンションの裏口にいるんだけど、こっちにも記者がいる」
「入ってくるな。危ない」
「もう出てきちゃった。記者に囲まれた。一人が私のこと掴もうとした」
冴の拳が白くなった。
「凛。逃げろ」
「大丈夫。振りほどいた。やめてください!って叫んだら引いた。お姉ちゃん、今からそっちに行く」
五分後、凛がドアを開けて入ってきた。息が上がっている。コートの袖が乱れている。だが目は怒りに燃えていた。
「ひどい。何あれ。お姉ちゃんのこと何も知らないくせに」
「凛。座れ。落ち着け」
凛はソファに座った。冴が水を渡した。凛は一口飲んで、冴を見た。
「お姉ちゃん。ネット見た?」
「見ていない」
「見ないほうがいい。二つに割れてる。本物だって言う人と、詐欺だって言う人と。テレビのコメンテーターがお姉ちゃんのこと精神異常者だって」
冴は窓の外を見た。シャッター音がまだ鳴り続けている。
「凛。お前を巻き込んで申し訳ない」
「巻き込まれてないよ。自分で来たの」
凛が冴の手を取った。温かい手。妹の手。
「お姉ちゃん。能力のこと、前に聞いたよね。あのとき泣いたよね、二人で。怖くなかったっていったら嘘になる。でも今は違う」
凛の目に涙が浮かんだ。だが笑っていた。
「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。能力があってもなくても。死者の記憶を食べても食べなくても。お姉ちゃんが法医学教室で夜遅くまで働いて、夜にご飯をあげて、たまに私にラーメンを奢ってくれる。それがお姉ちゃんでしょ? 何があっても」
冴の視界が滲んだ。
「凛」
「泣いていいよ。前にも言ったでしょ」
冴は泣かなかった。代わりに、凛の手を握り返した。
「ありがとう」
「お礼はラーメンで」
凛が笑った。涙を拭いた。
◇
嶋田は安西と車の中にいた。
フロントガラスに夕暮れの街並みが映っている。安西のスマートフォンに検察からのメッセージが表示されていた。
「結城副部長から。神崎怜司の逮捕状請求の準備に入ると」
「ようやくか」
嶋田の目尻の皺が深くなった。笑みに似た何か。二ヶ月間走り続けてきた。バッジを預け、内部調査を受け、娘を脅され、それでも走り続けた。
「嶋田さん。実証実験の後日検証が完了しました。朽木先生が述べた情報のうち、来訪者の存在、東京タワーが見えるマンション、土地トラブルの電話、全て事実と確認されました。来訪者の左頬の傷も確認済みです」
「全部当たったか」
「はい。検察は朽木先生の証言能力を暫定的に認めました」
嶋田がハンドルを叩いた。重い音。
「安西。お前よくやった」
「私は何もしていません。デジタルデータを守っただけです」
「それが一番大事だったんだ。証拠を守り通した。お前がいなきゃ、ここまで来れなかった」
安西がフロントガラスの外を見た。夕焼けが東京の空を赤く染めている。
「嶋田さん。検察が動けば、神崎室長の逮捕は時間の問題です。同時に、朽木先生が証人として出廷する日も決まるでしょう」
「ああ。朽木先生はこれから、もっと大変になる。世間の目に晒されながら、法廷で七人分の真実を語る。それがどれだけの重さか」
嶋田はエンジンをかけた。車が動き出した。
「俺たちの仕事は、先生が証言台に立てるように道を整えることだ。行くぞ」
◇
冴は自宅の鏡の前に立っていた。
夜。凛は帰った。夜は猫用ベッドで眠っている。マンションの外の記者は減ったが、まだ数人が残っている。
鏡の中の自分を見た。三十二歳の女。痩身で鋭い目つき。目の下に隈がある。頬がこけている。鈴音の記憶を食べてから、体重が三キロ落ちた。
この顔で法廷に立つ。七人の死者と一人の鈴音の記憶を携えて。世間は冴を詐欺師か化け物かのどちらかだと思っている。
鏡の中の自分の瞳を見つめた。暗い瞳。その奥に、七人の記憶の光が微かに明滅している。美咲の恐怖。柏木の落下。園部の泡。関口の血。水野の決意。仲村の静けさ。高梨の許し。そして鈴音の二十五年。
死者は嘘をつかない。だから私も嘘をつかない。
冴は鏡から目を逸らさなかった。出廷日は明後日。検察から正式に通知が来ていた。
準備は整った。あとは立つだけだ。




