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死者の記憶を食べる検屍官、自分を殺した犯人を追ううちに七つの未解決事件の真相に辿り着く  作者: ぽんぽこライフ


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嶋田の賭け

 嶋田耕一は庶務課のデスクで書類を捌きながら、携帯の画面を何度も確認していた。


 待っている連絡がある。退職した元特命対策室員、三上からの返信だ。三上は五年前に定年退職しているが、神崎が室長に就任した初期のメンバーだった。嶋田が一課にいた頃に何度か顔を合わせた程度の関係だが、退職後の三上が神崎に対して含むものがあるという情報を掴んでいた。


 昼休み。嶋田は庁舎を出て、日比谷公園のベンチに座った。コンビニの弁当を膝に乗せたまま、電話をかけた。


「三上さん。嶋田です。突然すみません」


「嶋田くんか。まだ辞めてなかったのか」


「庶務に飛ばされましたが、辞める気はないです」


 三上の笑い声が聞こえた。乾いた笑いだった。


「神崎の件だろう」


 嶋田の手が止まった。


「分かりますか」


「庶務に飛ばされたお前が、俺に連絡してくる理由は一つしかない。お前も神崎に睨まれたんだな」


「直接お会いしたい」


 三上が数秒黙った。


「……新橋の居酒屋を指定する。今夜、八時だ」



  ◇



 三上は六十代の痩せた男だった。日焼けした顔に深い皺が刻まれている。ビールを一杯空けてから、ようやく口を開いた。


「俺が特命対策室にいたのは、創設期の五年間だ。神崎が室長になったのは三十五の時。内閣府から出向してきた若手エリートだった」


「内閣府から」


「ああ。表向きは広域捜査の調整部署だが、実態は違った。神崎は最初から『特殊な捜査手法の運用』を目的としていた」


 嶋田はビールに手をつけなかった。


「特殊な手法とは」


 三上が声を落とした。


「能力者だよ。神崎はプロジェクトの監督官だった。鏡花計画。知っているな」


 嶋田は頷いた。


「神崎は特命対策室を、プロジェクトの実務部門として設計した。能力者を捜査に使う。公にはできないが、未解決事件の再捜査という名目で、表には出せない情報源を運用する」


「能力者というのは――」


「朽木冴。そしてもう一人。名前は俺も知らない。だが神崎がもう一人を手元に置いていることは知っていた。俺が退職する前に、一度だけ見かけた。庁舎の地下で。若い女だった」


 嶋田の拳が白くなった。


「もう一つ聞きたい。特命対策室の予算に不審な支出はなかったか」


 三上が苦く笑った。


「あった。『特別協力者管理費』という名目で、毎年二千万円以上が計上されていた。使途明細は室長決裁のみ。俺が退職する直前に経理に問い合わせたら、一週間後に人事から退職勧奨が来た」


「神崎が」


「証拠はない。だがタイミングが良すぎた。俺は大人しく辞めた。あの時は家族を守る方が優先だった」


 三上がビールを飲み干した。


「嶋田くん。お前に一つ忠告する。神崎は穏やかに見えるが、自分の領域を侵す人間は絶対に許さない。俺もそうだった。関口もそうだ」


「関口を知っているのか」


「関口義人。元一課の。退職後に探偵をやっていたな。あいつも神崎を嗅ぎ回っていた。そして死んだ」


 三上が嶋田の目を見た。


「お前の家族は大丈夫か」



  ◇



 居酒屋を出て、嶋田は自宅に向かう電車に乗った。


 携帯を取り出し、安西にメッセージを送った。


「三上元調査官から証言取得。神崎は鏡花計画の監督官として特命対策室を設計。特別協力者管理費として年間二千万以上の不明瞭な支出。使途明細は室長決裁のみ。三上は退職勧奨で口を塞がれた」


 送信した。


 次に冴にメッセージを送った。


「ここから先は俺一人で行く。安西のデータと三上の証言があれば、神崎の不正支出を証明できる。だが証言者を増やすには俺が直接動く必要がある。朽木先生は鈴音との接触に集中してくれ」


 冴からの返信はすぐに来た。


「嶋田さん。危険すぎる」


「今更だ」


 電車が最寄り駅に着いた。改札を出て、住宅街の坂道を上る。自宅の明かりが見えた。


 玄関を開けると、妻の裕子が廊下に立っていた。いつもは風呂に入っている時間だ。顔が強張っている。


「どうした」


「あなた。今日、恵美の学校に電話があったの」


 嶋田の足が止まった。恵美は高校二年の一人娘だ。


「何の電話だ」


「事務室に。男の人から。『嶋田恵美さんのお父様のお仕事について、お話を伺いたい』と。名乗らなかったそうよ。学校が恵美に聞いて、恵美から私に連絡が来た」


 嶋田の腹の底が冷えた。


「恵美は」


「怖がっている。あの子は何も知らないのに」


 裕子の声が震えていた。嶋田は靴を脱ぎ、妻の肩に手を置いた。


「俺が守る」


「何をしているの、あなた。左遷されて、それでもまだ何かに首を突っ込んでいるの」


 嶋田は答えられなかった。


 二階から恵美が降りてきた。制服のまま。目が赤い。


「お父さん。あの電話、何なの」


 嶋田は娘の顔を見た。まだ十七だ。この子をこの世界に巻き込むわけにはいかない。


「間違い電話だ。心配するな」


 恵美は信じていない目で父を見た。裕子も同じ目をしていた。嶋田は二人の前で嘘をついている自分が分かっていた。


 二階の自室に上がり、ドアを閉めた。携帯を握りしめる。


 神崎が動き始めた。三上への接触を察知されたか。あるいは、もっと前から家族を監視していたか。


 冴にメッセージを送った。


「神崎が俺の家族に手を出してきた。娘の高校に不審な電話。名乗らず、父親の仕事について聞いてきた。威嚇だ」


 返信。


「嶋田さん。もうやめてくれ」


 嶋田は携帯を握ったまま、窓の外を見た。住宅街の街灯。平穏な夜。この平穏を守るために戦っているはずだった。だが、その戦いが家族を危険に晒している。


 それでも、関口は殺された。三上は黙らされた。退く人間が増えれば、神崎はもっと自由になる。


 嶋田は深く息を吸って、吐いた。


 退かない。

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