七本の糸
四人が集まったのは、薫の大学病院の研究室だった。神崎の監視を避けるためだ。
冴、嶋田、安西、薫。ホワイトボードに七つの事件が時系列で並べられている。安西が持ち込んだノートパソコンに、仲村が残した暗号化ファイルのデータが展開されていた。
「全部繋げよう」
冴が言った。
嶋田がホワイトボードの前に立ち、マーカーを取った。
「第一。藤原美咲。二十三歳。東栄製薬の元インターン。臨床試験部門に配属されていた。被験者データに触れた可能性がある。交通事故死に偽装されたが、実際は車内で首を絞められた後に道路に飛び出し轢かれた」
「第二」
安西が引き継ぐ。
「柏木亮太。二十八歳。IT企業のセキュリティエンジニア。東栄製薬のシステム保守を外注で担当。作業中に鏡花プロジェクトのサーバーに残っていたデータを偶然発見した。検索履歴に『鏡花』『残留記憶』『被験者リスト』。ビルの屋上から転落死」
「第三。園部真司。東栄製薬の創薬研究部、神経系の研究員。プロジェクトの周辺データにアクセスし、大容量ファイルを送信しようとしていた。鎮静剤で眠らされた後に溺死、河川に遺棄」
薫が続ける。
「第四。関口義人。元警察官の私立探偵。退職後に鏡花プロジェクトの調査に着手。御堂孝之を調査対象としていた。刺殺。手帳に『能力者は二人いる。一人は朽木冴』」
「第五。水野遥。フリージャーナリスト。鏡花プロジェクトの取材を進めていた。御堂の研究室で面会後に毒殺。東栄製薬開発のトリカルバゾン系鎮静剤を使用」
「第六。仲村明日香。東栄製薬広報部。元臨床試験部門。被験者データを持ち出そうとして社内で制裁を受けた後、鎮静スプレーで意識を奪われ放火。ただし暗号化ファイルをクラウドに退避させていた」
「第七。高梨昇。ノンフィクション作家。関口の調査を引き継ぎ、鏡花プロジェクトの暴露原稿を執筆中。鎮静剤吸入後に絞殺。記憶に能力者による干渉の痕跡」
嶋田がマーカーを置いた。
七つの名前がホワイトボードに並んでいる。その全てから、一本の赤い線が中央の一点に収束している。
「鏡花プロジェクト」
冴が言った。
「全員が、鏡花プロジェクトの存在に触れた。インターンとして。エンジニアとして。研究員として。探偵として。記者として。内部告発者として。作家として。七人の方法は違うが、辿り着いた場所は同じだ」
安西がノートパソコンの画面を見せた。
「事件の日付を並べます。第一が十年前。第二が七ヶ月後。第三が五ヶ月後。第四が十一ヶ月後。第五が十三ヶ月後。第六が七ヶ月後。第七が五ヶ月後。間隔は――」
「七、五、十一、十三、七、五」
嶋田が眉を寄せた。
「素数だ。全部素数。だが規則性がない」
冴が首を振った。
「規則性はある。これは犯人の精神状態の周期だ」
三人が冴を見た。
「鈴音の能力は冴より三倍から五倍強い。だが制御できない。能力が暴走すると精神が崩壊し、一定期間は行動不能になる。殺人を実行すること自体が能力の暴走を引き起こす。回復に素数月かかるのは、彼女の脳の処理周期がそうなっているからだ」
薫が口を開いた。
「鏡花プロジェクトの被験者データを見たわ。被験者02の脳波パターンには素数に対応する特異な周期性がある。通常の人間の脳波にはない特徴。実験で植え付けられたものなのか、元々の特性なのかは分からないけれど」
「それで、間隔が短くなっている点は」
安西が画面を指差した。
「最初の三件は七、五、十一。十一ヶ月の長い回復期間がありました。でも後半は十三、七、五。最後の二件の間隔が七ヶ月、五ヶ月と急速に短くなっています。そして冴先生が刺されたのは第七の事件から三ヶ月後。三も素数ですが、過去最短です」
沈黙が落ちた。
冴が言った。
「鈴音の制御が効かなくなっている。回復に必要な時間が短くなっているのではなく、回復しきる前に次の行動に移っている。精神の崩壊が加速している」
嶋田がホワイトボードに新しい線を引いた。七つの事件の間隔を時間軸上にプロットする。右に行くほど間隔が狭まり、最後はほとんど圧縮されている。
「このまま行くと、どうなる」
「制御不能になる。次の行動が素数月を待たずに起きる。あるいは、能力そのものが暴走して鈴音の身体を壊す」
薫が冴の腕に触れた。
「冴。鈴音さんがあなたに会いに来たのは、時間がないからなのね」
冴は頷いた。
「鈴音は自分の限界を知っている。だから今、急いでいる。記憶を渡したい。全てを私に託したい。壊れる前に」
四人は黙ってホワイトボードを見つめた。七本の糸が一点に収束し、その先に鈴音という名前がある。加害者であり被害者である女性。二十五年間、白い部屋から出られなかった子ども。
嶋田が腕を組んだ。
「俺たちに残された時間も長くない。神崎は包囲網を狭めている。安西への行動記録要求、俺の左遷、朽木先生への精神鑑定の噂。全部、証拠を潰すための布石だ」
「だからこそ今、全てを繋ぐ」
冴はホワイトボードの中央に大きく円を描いた。その中に二つの名前を書いた。
「実行者、高宮鈴音。指示者、神崎怜司」
「この構図を証明するには何が要る」
「鈴音の証言。神崎との通信記録。仲村が残した内部資料。七つの事件の法医学的再鑑定。そして――」
冴は自分の胸に手を当てた。
「私が食べた記憶。七人分の死の記録」
窓の外が暗くなっていた。薫の研究室の蛍光灯が四人の顔を白く照らしている。
安西がパソコンを閉じた。
「仲村のデータの精査を急ぎます。神崎に気づかれる前に、全ての物的証拠を安全な場所に複製します」
「俺は警察内部の協力者を探す。神崎に疑問を持っている人間は必ずいる」
薫が立ち上がった。
「法医学的再鑑定の報告書を、第一から第七まで全て揃えるわ。裁判で使えるレベルのものを」
冴は三人を見回した。
「ありがとう」
嶋田が肩をすくめた。
「礼を言うのは全部終わってからだ、朽木先生」
四人が部屋を出た。廊下は静かだった。冴は最後に出て、振り返ってホワイトボードを見た。
七つの名前。七つの死。そして、一つの名前に収束する全ての糸。
間隔は短くなっている。時間は残されていない。




