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死者の記憶を食べる検屍官、自分を殺した犯人を追ううちに七つの未解決事件の真相に辿り着く  作者: ぽんぽこライフ


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燃え残った記憶

 冴は研究室のホワイトボードに、仲村明日香の記憶の断片を書き出していた。


 焼損が激しく、映像は半分以上が欠損している。残っているのはノイズ混じりの短い場面の連なりだ。


 一、マンションの部屋。テーブルの上に東栄製薬のロゴ入り封筒。ノートパソコンに被験者データらしき数列。


 二、玄関の人影。黒いフード。鏡花の匂い。


 三、「もう逃げられない」という声。


 四、鎮静スプレー。視界の歪み。


 五、「ごめんなさい。あなたの記憶は、残るから」


 六、暗転。


 冴はペンのキャップを噛んだ。五番目の言葉に引っかかる。「あなたの記憶は、残るから」。園部真司の記憶にも同じ台詞があった。犯人は殺す前に、被害者に約束している。記憶が残ると。


 誰に残すのか。冴に、だ。


 鈴音は冴が記憶を食べることを知っている。だから殺した人間の記憶が、いつか冴に食べられることを前提にしている。犯行現場に証拠を残し、記憶を汚さないように意識を先に奪い、苦痛を最小限にする。


 殺人であると同時に、弔いの儀式。


 ドアがノックされた。薫が入ってきた。手に鑑定書の束を持っている。


「再鑑定の結果が出た」


 薫がテーブルに書類を広げた。


「仲村明日香の遺体の焼損パターンを再解析したの。結論から言うと、放火時に仲村さんの体内には高濃度のベンゾジアゼピン系鎮静薬が存在していた。当時の検屍では焼損が激しくて血液検査が十分にできなかったけど、歯髄から微量のジアゼパムが検出されたわ」


「経口摂取か」


「いいえ。吸入。鎮静スプレーの成分と一致する。吸入後、意識を失うまでおよそ二十秒から三十秒。その後に放火されている」


 冴は頷いた。記憶の中の映像と一致する。


「もう一つ」


 薫が別の紙を取り出した。


「焼損パターンの偏りが不自然なの。火の回り方を再構成すると、着火点は玄関付近。でも遺体はベッドの上にあった。つまり、犯人は仲村さんを意識喪失後にベッドに寝かせてから火をつけている」


「ベッドに運んだ」


「ええ。わざわざ。しかも遺体の姿勢は仰向けで、両手が胸の上で組まれていた。焼損後の変形を差し引いても、意図的に姿勢を整えた可能性が高い」


 冴の指先が冷たくなった。


「葬儀の姿勢だ」


 薫が冴を見た。


「犯人は仲村さんを殺した後、遺体をベッドに安置して、手を組ませて、それから火をつけた。まるで弔っているみたいに」


 冴はホワイトボードに向き直った。六番目の断片を書き足す。


 六、ベッドに横たえられる感覚。手が組まされる。まだ意識の残滓がある中で、柔らかい手が額に触れる。


 七、「ごめんなさい」。二度目の謝罪。涙の気配。


「薫」


「なに」


「記憶を食べ直したとき、断片の最後に手の感触があった。犯人が仲村の額に触れている。その手首に、シルバーのブレスレットが光っていた」


 薫の目が鋭くなった。


「園部さんの記憶にも同じブレスレットが出てきたわね。USBメモリを受け取る相手の手首に」


「同一人物だ。園部の記憶の中で園部がUSBを渡した相手と、仲村を殺した犯人は同じ人間。シルバーのブレスレットが物的証拠になる」


 冴はホワイトボードの隅に小さく円を描いた。ブレスレットの形。


「犯人は七つの事件すべてで同じブレスレットをつけていた。証拠隠滅の意識がない。むしろ――」


「自分の印を残している」


 薫が冴の言葉を引き取った。


「そう。鈴音は自分が犯人であることを隠す気がない。ただ、神崎に見つからないように慎重に動いている。でも私に見つけてほしいとも思っている」


 薫が書類をまとめながら、ふと手を止めた。


「冴。犯人が不必要な苦痛を与えないという点は、法医学的に確認できた。園部は鎮静剤で眠らされてから溺死。仲村は鎮静スプレーで意識を奪われてから放火。犯人には一貫した行動原理がある」


「殺さなければならないが、苦しませたくない」


「矛盾しているようで、矛盾していない。この犯人は加害者であると同時に――」


「被害者だ」


 二人の間に沈黙が落ちた。窓の外で鴉が鳴いている。


 薫が立ち上がった。


「もう一つ確認させて。第四の事件、関口義人の刺し傷パターン。あれを冴が刺された傷と照合したとき、一致率は何パーセントだった」


「嶋田の報告では九十二パーセント」


「同じ人間が刺している。でも冴を刺したときだけ、傷が浅い。殺意がなかったことの法医学的裏付けになるわ」


 薫がドアに手をかけた。振り返って言った。


「私が標的リストに載っていた理由は、母がプロジェクトの看護師だったから。でも仲村さんが殺された理由は、データを持ち出そうとしたから。鈴音は口封じをさせられていた。でも仲村さんのデータは残った」


「仲村が残した保険だ」


「鈴音は仲村さんを殺したけど、データの存在を神崎に報告しなかったのかもしれない」


 冴の目が見開かれた。


「鈴音が意図的にデータを生かした」


 薫が頷いた。


「告発者は沈黙させられた。でもデータは生きている。鈴音がそれを許した」


 薫が出ていった後、冴は一人でホワイトボードの前に立っていた。七つの事件。七人の死。そのすべてに、鈴音の涙が混じっている。


 デスクの写真、六枚目の仲村明日香の笑顔を見つめた。告発しようとした女性。その意志はクラウドの暗号化ファイルの中で、今も呼吸している。

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