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死者の記憶を食べる検屍官、自分を殺した犯人を追ううちに七つの未解決事件の真相に辿り着く  作者: ぽんぽこライフ


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告発者の沈黙

 嶋田は左遷先の総務部庶務課から非番の日を使って動いていた。


 仲村明日香の元同僚、東栄製薬広報部の小峰千鶴に会ったのは、丸の内のカフェだった。嶋田が珈琲を、小峰がカフェオレを頼んだ。小峰は四十代の落ち着いた女性で、仲村の二つ上の先輩だったという。


「仲村さんのこと、改めてお聞きしたい」


 小峰はカップに両手を添えたまま、視線を落とした。


「あの火事は本当に事故だったんですか」


「それを調べている」


「……仲村さんは、死ぬ三週間前に社内で問題を起こしていました。機密データの無断コピー。上から厳重注意を受けて、パソコンのアクセス権限も制限された」


 嶋田はペンを止めた。


「どんなデータだ」


「広報部は知らされていません。ただ、管理部門から『臨床試験関連の旧データ』と聞きました。もう二十年以上前の、使われていない研究のデータだと」


「仲村さんはなぜそんなデータに興味を持った」


 小峰が唇を噛んだ。


「仲村さんは元々、研究開発部門から広報に異動した人です。異動前は臨床試験部門にいた。被験者データの管理に関わっていたはずです」


「データを持ち出そうとした理由に心当たりは」


「仲村さんは異動の前に、一度だけ私に言ったことがあります。『この会社には、表に出してはいけないことがある。でも、出さなければいけないこともある』と」


 嶋田の背筋が伸びた。


「それ以上は何も言わなかったか」


「言いかけて、やめました。怖がっていたんだと思います。持ち出しが発覚した後は、誰とも話さなくなって。一ヶ月後に、あの火事です」


 小峰の目が赤くなった。


「私は何もできなかった」


 嶋田はしばらく黙っていた。それからゆっくりと言った。


「仲村さんが持ち出そうとしたデータは、クラウドかどこかに退避させていた可能性はないか」


「分からないです。でも、仲村さんは慎重な人だった。バックアップを取らないタイプではなかった」



  ◇



 同じ頃、安西真帆は自宅のデスクで三台のモニターに囲まれていた。


 仲村明日香のデジタルフットプリントを追っている。火災で自宅のパソコンは焼失。スマートフォンも焼損。だが安西が着目したのは、仲村が私用で使っていたクラウドストレージだった。


 仲村のメールアカウントの復旧に成功したのは三日前。メールの中にクラウドストレージの自動通知が残っていた。最終アクセスは仲村が死ぬ二日前。


 安西がストレージにアクセスすると、三つのフォルダが見えた。「写真」「仕事」「保険」。写真と仕事は空。だが「保険」フォルダの中に、一つだけ暗号化されたアーカイブファイルが置かれていた。


 ファイルサイズは四百メガバイト。暗号化方式はAES二五六。パスワードなしには開けない。


 安西はパスワードヒントの欄を確認した。


「被験者02の本名」


 安西の指が止まった。


 被験者02。嶋田が封印文書から発見した記述。御堂が告白した内容。冴が幼少期の記憶から掘り起こした名前。


 安西は冴に電話をかけた。


「朽木先生。仲村明日香がクラウドストレージに暗号化ファイルを残していました。パスワードヒントが『被験者02の本名』です」


 沈黙が数秒あった。


「高宮鈴音」


「試してみます」


 安西は受話器を肩に挟んだまま、キーボードを叩いた。


 た・か・み・や・す・ず・ね。


 解除の進捗バーが動き始めた。安西の心臓が速くなる。


「通りました」


 ファイルが展開されていく。フォルダの中にさらにフォルダ。「被験者データ」「内部メモ」「会議録」「監督官通信」。


「朽木先生。ここに鏡花プロジェクトの内部資料が丸ごと入っています」


 電話の向こうで、冴の息が止まった音が聞こえた。


「安西さん。そのデータを安全な場所にバックアップしてくれ。複数箇所に」


「もうやってます」


 安西はUSBメモリにコピーしながら、フォルダの中身をスクロールした。被験者01と02の詳細な実験記録。投与薬剤のリスト。脳波データ。そして「監督官通信」フォルダの中には、神崎怜司の名前が記されたメールのやり取りが数十通。


「被験者データのフォルダに、報告書があります。『被験者経過報告・第一期から第五期まで』。最終報告に『被験者02の処遇に関する提言』という文書が含まれています」


「読めるか」


「これから精査します。ただ、一つだけ先に伝えておきます」


 安西は画面の文字を読み上げた。


「『被験者02は社会復帰不能と判断。以降の管理は特命捜査対策室・神崎怜司が担当する』。日付は二十二年前です」


 電話の向こうで、椅子が軋む音がした。


「仲村はこれを世に出そうとして殺された」


「はい。告発しようとした人間が、口を塞がれた」


 安西はモニターを見つめた。四百メガバイトの沈黙。仲村明日香が命を賭けて残した保険。


 パスワードが「被験者02の本名」だったことの意味を、安西は噛み締めていた。仲村は鈴音の名前を知っていた。そしてこのデータを開くべき人間が、鈴音の名前を知る人間であるべきだと考えた。


「安西さん」


 冴の声が低く響いた。


「仲村明日香は、死んでなお声を上げている。このデータがその声だ」


 安西は頷いた。画面の光が目に滲んだ。

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