表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者の記憶を食べる検屍官、自分を殺した犯人を追ううちに七つの未解決事件の真相に辿り着く  作者: ぽんぽこライフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/75

御堂の覚悟

 御堂の書斎は、前回と空気が違っていた。


 本棚の前に段ボール箱がいくつか積まれている。古い論文ファイルやノートが詰め込まれていた。御堂は冴が来ることを予想していたかのように、玄関で迎えた。


「冴くん。今日は一人か」


「はい。嶋田さんは来ていません」


「そうか。上がりなさい」


 書斎に入ると、テーブルの上にマニラ封筒が置いてあった。御堂はお茶も淹れずに椅子に座った。顔色が悪い。前回会ったときより痩せたように見える。


「先生」


「冴くん。今日は私から話す」


 御堂の声は静かだった。震えはなかった。何かを覚悟した人間の声だった。


「もう一人の被験者について、話す」


 冴は息を止めた。


「被験者02。名前は高宮鈴音。冴くんと同じ年齢で、同じ脳波パターンを持っていた。孤児院から連れてこられた子供だった」


「孤児」


「ああ。冴くんには母親がいた。保護者の同意書を取って、実験期間が終われば家庭に戻す手はずがあった。だが鈴音には帰る場所がなかった」


 御堂は目を閉じた。


「鈴音はより強い感応力を示した。冴くんの三倍から五倍の残留記憶量を一度に読み取れた。だが代償として、読み取った記憶が自分の記憶と混ざり合う症状が出た。他者の恐怖、苦痛、絶望が、鈴音自身の感情として定着してしまう。


 六歳の少女が、他者の死の記憶に押しつぶされていった。夜中に泣き叫び、壁に頭をぶつけ、自分が誰なのか分からなくなる。私は中止を進言した。内閣府の倫理委員会にも報告した。三ヶ月後にプロジェクトは中止された」


「中止後の鈴音は」


 御堂の手が震えた。


「私は鈴音の治療と社会復帰を提案した。専門の施設でケアを受ければ、時間はかかっても回復できる可能性があった。だが神崎が反対した」


 御堂の目に暗い炎が燃えていた。


「神崎は言った。『この子の能力は国家にとって有用だ。管理下に置いて運用すべきだ』と。六歳の、壊れかけた子供を前にして、そう言った」


「先生はどうしたんですか」


「抗議した。内閣府にも訴えた。だが鏡花計画自体が非公式のプロジェクトだった。正式な記録はほとんど残されていない。私が声を上げても、存在しないプロジェクトの被験者を救うことはできなかった」


 御堂は段ボール箱の一つから、古いノートを取り出した。


「最終的に、私は取引をした。冴くんの安全と引き換えに、鈴音のことから手を引くと。神崎は同意した。冴くんは記憶処理を施されて母親のもとに返された。私は冴くんの恩師という形で近くに残り、能力が再発したときに備えた」


「鈴音は」


「神崎の管理下に移された。それ以降のことは、正直なところほとんど知らない。だが断片的な情報から推測できることはある」


 御堂がマニラ封筒を冴に差し出した。


「これは私が二十五年間かけて集めた、鈴音に関する断片的な記録だ。神崎の部署への予算の流れ、不自然な出張記録、関連施設の維持費。直接的な証拠ではないが、鈴音が神崎の管理下で生かされ続けていたことを示す状況証拠だ」


 冴は封筒を受け取った。厚い。二十五年分の記録が詰まっている。


「先生。なぜ今になってこれを」


 御堂は冴を真っ直ぐに見た。


「冴くんが自分でここまでたどり着いた。もう隠し通せない。それに」


 御堂は窓の外を見た。


「鈴音のことを神崎に聞くな、と前回言ったね。撤回する。鈴音はもう、自分から動き始めている。冴くんがそう言った。ならば、私がこれ以上黙っていることは鈴音への裏切りだ。二十五年前に一度裏切った。もう二度目はない」


 冴は封筒を抱えた。中の紙の束が、二十五年分の罪悪感の重さそのものだった。


「先生」


「うん」


「ありがとうございます」


 御堂は小さく首を振った。


「礼を言われる資格はない。私は君と鈴音の両方を、二十五年間裏切ってきた」


 冴は御堂の家を出た。門の前で立ち止まった。封筒を胸に抱えたまま、空を見上げた。春の空は高く、薄い雲が流れている。


 自宅に帰ると、郵便受けに差出人不明の封筒が入っていた。白い封筒。宛名は「朽木冴」とだけ書かれている。


 開けると、一枚の写真が入っていた。白い部屋。二つの小さなベッド。そこに並んで座る二人の幼い少女。一人は幼い冴。もう一人は、黒い髪を肩まで伸ばした痩せた少女。手を繋いでいる。


 写真を裏返した。


 小さな文字で、こう書かれていた。


「ようやく、あなたにも見えましたか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ