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死者の記憶を食べる検屍官、自分を殺した犯人を追ううちに七つの未解決事件の真相に辿り着く  作者: ぽんぽこライフ


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水野遥の遺志――毒殺の真相

 薫の研究室は、冴のものとは対照的に整然としていた。


 書棚の論文がアルファベット順に並び、デスクの上にはノートパソコンと分析結果のプリントアウトが整理されている。窓際に小さな観葉植物が一つ。


「座って。コーヒー入れるから」


 薫がマグカップにドリップコーヒーを淹れてくれた。豆の香ばしい匂いが部屋に広がる。冴は窓際の椅子に腰を下ろし、コーヒーを受け取った。


「御堂先生のことは聞いた。大変だったね」


「ああ」


「でも、事件は待ってくれない。第五の事件、本題に入っていい?」


 冴は頷いた。薫の「事件は待ってくれない」という言葉が、むしろ冴を日常に引き戻してくれた。


 薫がプリントアウトを広げた。


「水野遥の毒物鑑定結果を再分析したの。当時の検屍報告書では『市販の睡眠薬の過量摂取による急性薬物中毒』とされていた。だけど、成分を詳しく調べ直すと不審な点がある」


「具体的には」


「検出された化合物の一つが、一般に流通する睡眠薬の成分ではない。トリカルバゾン系の化合物が含まれている。これは園部の血液から検出されたものと同じ系統」


 冴の目が鋭くなった。


「東栄製薬の開発した化合物か」


「そう。正確には、東栄製薬の神経系研究部門が鏡花プロジェクトと並行して開発していた鎮静剤の派生物。市販されていない。研究用のサンプルか、あるいは製造工程を知る人間が調合したもの」


「犯人は東栄製薬の薬に精通している」


「鈴音という人物が神崎の管理下にあったなら、この種の薬剤にアクセスできた可能性は十分ある。あるいは神崎が供給していた」


 冴はコーヒーカップを置いた。


「水野の記憶を食べ直したとき、死の数時間前の深層まで到達した。フードの女性がリビングでコーヒーに何かを入れた。水野は気づかずに飲んだ。毒が回るまでの間、フードの女性は水野のそばにいた。立ち去らなかった」


「そばにいた?」


「ああ。水野の意識が薄れていく中で、フードの女性が何かを呟いていた。『あなたの記憶は、残る』と。園部のときと同じ言葉だ」


 薫は唇を噛んだ。


「殺した相手の記憶が残ることを祈っている。それは――」


「冴のような能力者がいずれ記憶を食べることを前提にしている。犯人は、自分の罪が記録されることを望んでいる」


 二人は目を合わせた。


「もう一つ」


 冴は声を落とした。


「水野の記憶の中のフードの人物の声。女性だ。静かだが、どこか壊れた響きがある。そしてその声には、聞き覚えがある」


「聞き覚え?」


「幼少期のフラッシュバックで聞いた声と、同じトーンだ。白い部屋で隣のベッドの少女が『こわいね』と囁いた、あの声。成長しているが、声の芯は変わっていない」


 薫がペンをテーブルに置いた。


「冴。それは確定ということ? 犯人が鈴音だという」


「音声分析のような客観的証拠ではない。だが、私の中では確信に変わった」


 窓の外で風が吹いた。観葉植物の葉が揺れた。


「薫。毒物の成分分析結果をまとめてほしい。園部と水野の共通成分の比較。東栄製薬の開発記録との照合。法医学的な証拠として使えるレベルに」


「もう半分できてる。来週には仕上げられる」


「助かる」


 冴は立ち上がりかけて、止まった。薫が冴を見ていた。三年前に別れたときと同じ目。だが今は、その目の奥に別の光がある。


「冴」


「ああ」


「私が標的リストに載っていた理由、まだ分からないよね」


 冴は頷いた。桐生薫の名前が関口の手帳にあった。だがなぜ薫が標的なのか。法医学者として園部の再鑑定を申し出たからか。それだけでは弱い。


「もう少し調べれば見えてくるはずだ。今は証拠を積み上げることに集中する」


 薫は小さく頷いた。冴は研究室を出た。廊下で立ち止まり、水野の記憶の中のフードの女性の声を思い返した。


 壊れた声。殺しながら弔う声。「ごめんなさい」と言い、「あなたの記憶は残る」と祈る声。


 鈴音。冴と同じ実験を受け、同じ能力を持ち、全く違う人生を歩んだ女。


 冴は歩き出した。水野の遺志を、水野の記憶を、法廷に届けられる形にしなければならない。

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