表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者の記憶を食べる検屍官、自分を殺した犯人を追ううちに七つの未解決事件の真相に辿り着く  作者: ぽんぽこライフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/75

姉妹の告解

 凛のマンションは中野にあった。


 1LDKの部屋は凛らしく散らかっていて、テーブルの上にゲラ刷りの原稿が積まれ、キッチンのカウンターに食べかけのチョコレートの箱が置いてある。冴の飼い猫、夜がソファの上で丸くなっていた。


「夜、元気にしてた?」


 冴が夜の頭を撫でると、猫は薄目を開けてゴロゴロと喉を鳴らした。


「ちゃんとご飯あげてたよ。カリカリの方が好きみたい」


 凛がキッチンに立ち、紅茶を淹れ始めた。手つきが少し震えている。蔵本の研究室で泣いた後、帰り道はほとんど無言だった。


 紅茶が二つ、テーブルに置かれた。凛がソファの端に座った。冴は反対側に座った。夜が二人の間で尻尾を揺らしている。


「お姉ちゃん。全部聞かせて」


 冴は紅茶のカップを見つめた。湯気が立ちのぼっている。


「何から話せばいい」


「最初から。お姉ちゃんの能力のこと」


 冴は息を吐いた。そして、話し始めた。


 死者の遺体に触れると、最期の記憶が流れ込んでくること。死の直前三十分間の主観映像。視覚だけでなく聴覚も嗅覚も、死者が感じた感情さえも。食べた記憶は蓄積し、夢やフラッシュバックとして不意に再生されること。


 七つの未解決事件。全ての被害者の記憶を食べたこと。そして自分が刺され、七枚の写真が残されたこと。


 鏡花計画。五歳のとき被験者にされたこと。記憶を消されて社会に戻されたこと。もう一人の被験者、鈴音のこと。


 御堂の告白。神崎の存在。犯人が鈴音であり、神崎に使われた被害者でもあること。


 話し終えたとき、冴の紅茶はすっかり冷めていた。


 凛は黙って聞いていた。途中で何度か涙を拭いたが、一度も遮らなかった。


「お姉ちゃん」


「ああ」


「ずっと一人で抱えてたんだね。何年も」


「嶋田さんは知っている。薫も最近知った」


「でも家族には言えなかった」


 冴は答えなかった。答える必要がなかった。


 凛が冴の手を取った。温かい手だった。


「お姉ちゃんは何も悪くない」


 冴の視界が滲んだ。


「五歳の子供が選んだんじゃない。選ばされたんだよ。お姉ちゃんの能力は傷痕かもしれない。でもその傷痕で人を助けてきた。それはお姉ちゃん自身が選んだことだよ」


 嶋田と同じことを言っている。だが凛の言葉には、血の繋がりが持つ重みがあった。冴は歯を食いしばった。泣くまいとした。だが堪えきれなかった。


 涙がこぼれた。


 凛が冴を抱きしめた。冴は妹の肩に顔を埋めた。三十二年間で、冴が妹の前で泣いたのは初めてだった。


 夜が心配そうに二人の足元に擦り寄ってきた。



  ◇



 翌朝。冴は凛のマンションで目を覚ました。


 ソファで眠ったらしい。毛布がかけてあった。キッチンからトーストの匂いがする。凛が朝食を作っている。


「おはよう。目玉焼きとトースト。コーヒーも淹れたよ」


「ありがとう」


 二人で朝食を取った。夜がテーブルの下で目玉焼きの匂いを嗅いでいた。


「お姉ちゃん。鈴音さんのこと、助けるんでしょう」


「ああ」


「私にできることがあったら言って。調べ物なら得意だから」


「凛。これ以上は」


「危ないのは分かってる。でも、お姉ちゃんだけが危ない目に遭うのは嫌だよ」


 冴は凛を見た。妹の目は真剣だった。もう子供ではない。二十七歳の大人の女性が、覚悟を決めた目で姉を見ている。


「分かった。ただし、何か動くときは必ず私に相談してから」


「約束する」


 冴が凛のマンションを出ようとしたとき、携帯が震えた。安西からのメッセージだった。


「緊急連絡。神崎室長が朽木先生の行動記録を要求してきました。過去一ヶ月の入退館ログ、メール送受信記録、証拠保管庫へのアクセス履歴。嶋田さんに報告済みです」


 冴はメッセージを読み返した。神崎が動き始めている。冴の再調査を察知し、情報の流れを把握しようとしている。


 凛が冴の表情を見て、何かを察した。


「お姉ちゃん。気をつけてね」


「ああ」


 ドアを開けて外に出た。朝の空気が冷たい。冴は携帯を握りしめたまま、駅に向かって歩き出した。


 神崎の包囲網が、着実に狭まってきている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ