問い詰め――恩師の告白
二度目の訪問は、嶋田を伴った。
御堂の書斎。前回と同じ山茶花の垣根、同じ木造の家。だが今回は冴だけではない。嶋田が背後に立っている。嶋田は御堂に軽く頭を下げた。
「お忙しいところ申し訳ありません。嶋田です。捜査一課の――いや、今は庶務課ですが」
御堂は二人を見て、何かを悟ったように目を伏せた。
「上がりなさい。お茶を淹れよう」
「先生。今日はお茶を飲みに来たのではありません」
冴の声は平坦だった。感情を削ぎ落とした法医学者の声。
「鏡花計画の内部資料を入手しました。先生が主任研究者だったこと。神崎怜司が監督官だったこと。被験者が二名いたこと。すべて裏が取れています」
御堂の肩が落ちた。書斎の椅子に深く腰を下ろし、両手で顔を覆った。壁時計の音が刻まれるたびに、沈黙が積もっていく。
「先生」
「……分かった。話す」
御堂が顔を上げた。目が赤い。六十二年の歳月が刻んだ皺の一本一本に、疲労と後悔が染みていた。
「二十五年前だ。私はまだ若い研究者だった。死者の脳に残る記憶の痕跡――残留認知印象と呼んでいた――に関する理論を発表した。純粋な学術研究だった。だが論文が内閣府の目に留まった」
御堂は立ち上がり、本棚から古いファイルを取り出した。黄ばんだ紙束。
「内閣府から打診があった。研究を実用化できないか、と。死者の記憶を読み取る技術。捜査に、安全保障に応用できる。破格の予算を提示された。東栄製薬が施設と技術協力を申し出た。監督官として派遣されたのが、当時まだ若い官僚だった神崎怜司だ」
「被験者はどうやって選んだんですか」
嶋田が静かに聞いた。
御堂の喉が鳴った。
「……適性を持つ子供を探した。死者の残留記憶に対する感応性は、脳の可塑性が高い幼児期にのみ開発可能だという仮説があった。全国の大学病院のデータベースから、特定の脳波パターンを持つ子供をスクリーニングした。最終的に二人が選ばれた」
冴は自分の声が遠くなるのを感じた。
「私と、鈴音」
「そうだ」
御堂の声が震えた。
「朽木冴、当時五歳。高宮鈴音、当時五歳。二人とも似た脳波パターンを持っていた。冴くんの母親には『特別な認知能力開発プログラム』と説明した。入所は任意だと。だが五歳の子供に選択肢はない」
冴の爪が掌に食い込んだ。
「実験の内容は」
「段階的な感応性訓練。死亡した実験動物の脳組織に触れさせ、残留記憶への感応を繰り返し誘発する。最初は何も起きなかった。だが三ヶ月目から反応が出始めた」
御堂は目を閉じた。
「冴くんは安定していた。記憶を読み取る能力が緩やかに発現し、精神状態も安定していた。だが鈴音は違った」
「どう違った」
「能力の発現が冴くんより速く、強力だった。だが同時に、制御が困難だった。記憶が不意に流入して止められない。夜中に叫び声を上げる。壁に頭を打ちつける。分離症状が出始めた。他者の記憶と自分の記憶の区別がつかなくなった」
嶋田の拳が膝の上で白くなっていた。
「それでもプロジェクトは続けたんですか」
「三年続けた。私が中止を進言した。倫理委員会にも報告した。だがその間に、鈴音の状態はさらに悪化していた」
「プロジェクト中止後、二人はどうなった」
御堂は長い息を吐いた。
「冴くんは記憶処理を施した。実験期間の記憶を抑圧する処置だ。完全な消去ではない。強い刺激で蘇る可能性がある。それでも、普通の子供として社会に戻すためにはそうするしかなかった。母親のもとに返した」
「鈴音は」
御堂の表情が崩れた。
「鈴音は社会復帰不能と判断された。能力の暴走が日常的に起き、通常の生活を送ることができなかった。私は施設での治療を提案した。だが神崎が異を唱えた。『この子の能力は管理すべきだ』と。鈴音は神崎の管理下に移された。私は――」
声が途切れた。
「先生」
「私は手を引いた。冴くんを守ることだけを選んだ。鈴音を見捨てた。それが、私の罪だ」
涙が御堂の頬を伝った。冴は何も言えなかった。恩師の告白が、冴の中の何かを抉っていた。
嶋田が口を開いた。
「被験者は二人いたと聞いている。もう一人のことを教えてください。鈴音の、その後のことを」
御堂が顔を上げた。目は赤く、唇が震えていた。
「鈴音のことは――話してはならない」
「なぜです」
「話せば、鈴音が殺される。神崎にとって鈴音は道具だ。道具が不要になれば、処分する。私が口を開くことは、鈴音の死刑執行書にサインするのと同じだ」
書斎に重い沈黙が落ちた。
冴は立ち上がった。
「先生。鈴音はもう、自分から動き始めています。私にメッセージを送ってきている。写真を送り、SMSを送り、研究室のネットワークに侵入してきている。鈴音自身が、この状況を終わらせたがっている」
御堂は目を見開いた。
「嘘だ」
「嘘ではありません。犯人は鈴音です。七つの事件の実行者。そして鈴音は、神崎に使われた被害者でもある。先生が沈黙を守っても、もう止められない」
御堂は両手で顔を覆った。嗚咽が漏れた。
冴と嶋田は、御堂が泣き止むのを待った。窓の外で風が山茶花の枝を揺らしていた。
冴は御堂の家を出た。門の前で嶋田が言った。
「あの人は本当に冴先生のことを大切に思ってる。だから二十五年間黙ってきた。鈴音を犠牲にして」
「ああ」
「次に会うときは、全部話してもらう。もう時間がない」
冴は頷いた。帰り道、空は曇っていた。御堂の涙が、まだ目の奥に焼きついていた。




