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死者の記憶を食べる検屍官、自分を殺した犯人を追ううちに七つの未解決事件の真相に辿り着く  作者: ぽんぽこライフ


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鏡花水月――プロジェクトの残骸

 安西からのメッセージは深夜に届いた。


「水野のファイル、復号しました。取材メモの大部分は読めるようになりました。それと、別件で重要な発見があります。明日の朝、直接話せますか」


 翌朝。冴は警視庁近くのファミリーレストランで安西と落ち合った。安西はノートパソコンを開き、画面を冴に向けた。


「まず水野の取材メモから。水野は半年間かけて鏡花プロジェクトの関係者を辿っていました。片桐を含めて十二人に接触しています。取材メモの核心部分はまだ暗号化されていますが、インデックスから内容の概要は分かります」


 安西が画面をスクロールした。


「次に、こっちが本題です」


 安西の声が低くなった。


「政府のアーカイブシステムに残っていた予算執行記録を辿りました。鏡花計画は正式名称を『先端認知科学研究助成プログラム――鏡花計画』といい、約二十五年前に内閣府の研究予算で運営されていました」


「目的は」


「公式の記録では『死者の残留記憶の科学的抽出と応用に関する基礎研究』。要するに、死者の脳に残った記憶を読み取る技術の開発です。予算規模は年間三億円。五年間の継続プログラム」


 冴は手元のコーヒーカップに目を落とした。表面に天井の蛍光灯が映っている。三億円。五年間。政府予算。個人の研究者の趣味ではない。国家レベルの関与だ。


「研究体制は」


「主任研究者が御堂孝之。東栄製薬が施設と技術を提供。内閣府から監督官が派遣されていました。監督官の名前は――」


「神崎怜司」


「はい」


 冴は予想通りの名前に表情を変えなかった。


「被験者に関する記録は」


「直接の記録は全て削除されています。ただ、予算項目に『被験者管理費』という名目があって、二名分の生活費・医療費・教育費が計上されています。つまり被験者は施設内で生活していた」


 五歳から七歳まで。冴の記憶の空白期間と一致する。あの白い部屋で、隣のベッドの鈴音と二人で暮らしていた。


「安西さん。プロジェクトが終了した経緯は」


「予算執行記録が突然途切れています。最後の年度の途中で打ち切り。理由の記載はありません。ただ、同じ時期に内閣府の研究倫理委員会が臨時招集されていて、議事録は『非公開』扱い」


「倫理的な問題が発覚して打ち切られた可能性が高い」


「そう思います。子供を被験者にしていたことが委員会に知れたのかもしれません」


 冴は窓の外を見た。通勤ラッシュの人波がビルの谷間を流れている。二十五年前、この街のどこかで、幼い自分と鈴音が白い部屋に閉じ込められていた。


「もう一つ」


 安西がためらうように言った。


「削除された文書の断片がキャッシュに残っていました。プロジェクトの研究スタッフのリストです。責任者の欄に御堂孝之の名前が明記されています。あと、技術顧問として蔵本夕子という名前が出てきます」


「蔵本夕子」


「現在は都内の大学で認知心理学の教授をしている人物です。当時は認知科学の若手研究者として鏡花計画に参加していたようです」


 冴は名前をメモした。蔵本夕子。御堂以外にプロジェクトの内部を知る人物がいる。御堂が口を閉ざすなら、別の入り口を探す必要がある。



  ◇



 ファミリーレストランを出た直後、凛から電話が入った。


「お姉ちゃん。あのウェブアーカイブの件、もう少し調べちゃった」


「凛、やめろと言っただろう」


「ごめん。でも聞いて。キャッシュの断片をもっと掘ったら、プロジェクトの責任者の名前が出てきたの。御堂孝之って人。お姉ちゃんの大学の先生でしょ?」


 冴は立ち止まった。凛が独自にたどり着いた名前。安西と同じ結論。


「凛。それ以上は絶対に調べるな」


「だってお姉ちゃん、何か隠してるでしょ。鏡花計画って、お姉ちゃんに関係があることなんでしょ」


 冴は答えなかった。答えられなかった。


「……分かった。もう調べない。でもお姉ちゃん、一人で抱え込まないでね」


 通話を切った。冴は空を見上げた。雲の切れ間から春の陽光が差している。


 鏡花計画の輪郭が見えてきた。国家予算で運営された極秘の人体実験。幼い子供を被験者にし、倫理問題で打ち切られた。打ち切り後、一人は社会に戻され記憶を消された。もう一人は監督官の管理下に置かれた。


 そしてその監督官が、二十五年後の今も権力の座にいる。


 御堂の名前が公式文書に残っている以上、御堂はいつまでも沈黙を守れない。次に問い詰めるときは、逃げ場を塞いでからにする。


 冴は歩き出した。次の手は二つ。蔵本夕子への接触と、水野の暗号化ファイルの核心部分の解読。


 ポケットの中でスマートフォンが震えた。非通知着信。出ると、数秒の沈黙。そして切れた。


 冴は立ち止まらなかった。足を速めて、駅の人混みの中に消えた。

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