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死者の記憶を食べる検屍官、自分を殺した犯人を追ううちに七つの未解決事件の真相に辿り着く  作者: ぽんぽこライフ


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ジャーナリストの足跡

 嶋田が見つけてきた男は、元東栄製薬の研究員だった。


 片桐誠。五十代後半。十五年前に東栄製薬を退職し、現在は地方の製薬会社で品質管理の仕事をしている。嶋田の名前を出すと、渋々ながら面会に応じた。


 待ち合わせは品川駅近くのビジネスホテルのロビー。片桐は約束の時間ぴったりに現れた。白髪が目立つ痩せた男で、眼鏡の奥の目が落ち着きなく動いている。


「嶋田さんからは聞いています。水野遥さんの件ですね」


「ええ。水野さんが亡くなる前に、片桐さんに接触していたと聞いています」


 片桐は周囲を見回してから、声を落とした。


「水野さんは確かに来ました。半年ほど取材を続けていて、私のところにたどり着いたようです。鏡花プロジェクトのことを聞きに」


「何を話しましたか」


「私が知っていることは限られています。私は創薬研究部にいましたが、鏡花プロジェクトには直接関わっていなかった。ただ、社内でそういう極秘プロジェクトが走っていることは噂で知っていました」


「噂の内容は」


 片桐は水を一口飲んだ。


「子供の脳を使った実験。死者の記憶を読み取る技術の開発。そんな話です。当時はオカルトめいた噂だと思っていました。でも水野さんが来て、具体的な質問をし始めた。プロジェクトの予算規模、関わった研究者の名前、実験施設の場所。水野さんは私が知らないことまで知っていた」


「被験者のことは」


 片桐の喉が動いた。


「水野さんに聞かれました。被験者がいたのかと。私は『いたと聞いている』と答えた。子供だったと」


「何人ですか」


「二人。そう聞いています」


 冴は表情を変えなかった。だが掌に爪が食い込んでいた。


「片桐さん。水野さんは他に誰に会いましたか」


「分かりません。ただ、私と会った後で『もう一人、重要な証言者に会える見込みが立った』と言っていました。誰かは教えてくれなかった」


 御堂だ。冴は確信した。水野は片桐から基礎情報を得て、御堂に接触した。


「最後に一つ。片桐さんは退職後、このプロジェクトについて誰かから口止めを受けましたか」


 片桐の顔が強張った。


「……退職時に機密保持契約を結んでいます。それ以上は答えられません」


 冴は頷いた。それ以上追及しても無駄だと分かった。



  ◇



 ホテルのロビーを出ると、薫から電話が入った。


「冴。園部の肺水分析の続報が出た」


 薫の声には抑えた興奮が混じっていた。


「肺水中の塩化物イオンの組成を詳しく調べたの。荒川の水とは明らかに違う。塩化物イオン濃度が河川水より高くて、しかも微量の塩素系消毒剤の代謝物が含まれている」


「それは」


「プールの水に近い組成。しかもただのプールじゃない。研究施設や医療施設で使われる特殊な循環水のプロファイルに一致する可能性がある」


 冴の脳裏に、水野の記憶の中で見た研究室が浮かんだ。御堂の研究室。あの建物の地下にプールや水槽があったとしたら。


「薫。東栄製薬の旧研究施設に、水を使う実験設備がなかったか調べられるか」


「もう調べてある。東栄製薬の研究棟には地下に実験用の特殊水槽があった。脳神経系の研究に使われていた記録がある。水温と水質を厳密に管理する設備」


「園部はそこで溺れさせられた可能性があるということか」


「組成が一致するかどうかは、施設の水のサンプルが必要。でも間接的な状況証拠としては十分」


 冴は駅のホームに立ちながら、情報を整理した。園部は東栄製薬の研究員だった。退職直前に大容量ファイルを外部に送信していた。そして自分の勤務先の研究施設で、自分の勤務先の薬で眠らされ、自分の勤務先の特殊水槽で溺れさせられた。


 犯人は東栄製薬の施設に自由にアクセスできる人物だ。あるいは、アクセスを許可された人物。


 電車が滑り込んできた。ドアが開く風と一緒に、線路の油の匂いが鼻をかすめた。


「薫。ありがとう。もう一つ。片桐という元研究員から証言を取った。被験者は二人いた。子供だったと」


「……それは、冴のことと」


「ああ。もう一人のこと」


 電話の向こうで薫が息を吐いた。


「気をつけて。お願いだから」


「ああ」


 通話を切り、電車に乗った。窓の外を流れる街の灯りを見つめながら、冴は片桐の最後の言葉を反芻していた。「被験者は二人いたと聞いている。子供だった」。


 その子供の一人が自分で、もう一人が七人を殺した女だ。同じ実験を受け、同じ能力を植えつけられ、全く違う運命を歩んだ二人。


 冴は窓に映る自分の顔を見た。暗い目が見返してきた。鈴音も同じ目をしているのだろうか。

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