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死者の記憶を食べる検屍官、自分を殺した犯人を追ううちに七つの未解決事件の真相に辿り着く  作者: ぽんぽこライフ


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デジタルの墓標

 安西真帆は、三台のモニターに囲まれていた。


 深夜の捜査一課。蛍光灯を半分消した薄暗いオフィスで、安西のデスクだけが青白い光を放っている。キーボードを叩く音が、空調の低い唸りに混じっていた。


 関口のデジタル遺品。完全解析。嶋田から引き継いだ全データの精査が、ようやく最終段階に入っていた。


 安西は二年目の若手刑事だ。デジタルフォレンジックスの専門訓練を受け、捜査一課に配属された。コードを読み、暗号を解き、消されたデータを掘り起こす。安西にとって、データの海は街の裏路地と同じだった。足跡を追い、隠された証拠を拾う。


 関口が使っていた古いノートパソコン。ハードディスクは物理的に損傷を受けていた。事件時に犯人が破壊しようとした痕跡がある。だが安西はセクタ単位の復旧に成功し、データの八割を復元していた。


「ここだ」


 安西は呟いた。


 関口のファイルシステムの奥。暗号化された圧縮フォルダ。パスワードは「otihsoyihcugikes」。関口義人のローマ字表記を逆から並べたもの。安西はこの手のパスワードを推測する感覚に長けていた。


 フォルダが開いた。中には三十七個のファイル。テキスト、画像、音声。関口が探偵として集めた鏡花プロジェクトに関する調査資料だった。


 安西は一つずつ読み進めた。内部告発者からの証言。元研究員の匿名インタビュー。政府系アーカイブから取得した予算文書の断片。


 そして最も重要なファイル。テキストファイル。タイトルは「被害者・関係者一覧」。


 安西はファイルを開き、内容を読み始めた。三行目で手が止まった。


「鏡花プロジェクト関連の被害者・関係者リスト。以下は、プロジェクトの存在に何らかの形で触れ、その後不審な死を遂げた、あるいは社会的に排除された人物の一覧」


 リストが続いていた。七つの未解決事件の被害者全員の名前が並んでいる。藤原美咲。柏木亮太。園部真司。関口義人。水野遥。仲村明日香。高梨昇。


 関口は自分自身の名前をリストに入れていなかった。だが関口もまた、このリストの一人として死んだ。


 安西はスクロールを続けた。リストの末尾に、別のカテゴリーがあった。


「第八の被害者予定リスト(推定)」


 安西の指が止まった。


「以下の人物は、プロジェクトに関する調査を継続しており、口封じの標的になる可能性がある」


 二つの名前が書かれていた。


 一つ目。朽木冴。


 二つ目。桐生薫。


 安西はモニターを凝視した。朽木冴は既に刺されている。殺す気のない刺傷だったが。桐生薫。冴の元恋人で、園部の再鑑定を進めている法医学者。


 関口は四年前の時点で、薫が標的になる可能性を予測していた。


 安西は椅子から立ち上がった。デスクの横にある嶋田の空席を見た。嶋田はもういない。来月から庶務課。この発見を直接報告できる上司がいない。


 スマートフォンを取り出し、嶋田に暗号化メッセージを送った。


「関口の完全解析終了。重大な発見あり。被害者リストに朽木先生の名前。そして第八の標的リストに桐生薫さんの名前が含まれています」


 返信は三分後に来た。


「朽木先生に直接伝えろ。今すぐ。薫さんの安全確保が最優先だ」


 安西は冴に電話した。深夜一時。冴は即座に出た。


「安西さん。何かあった」


「朽木先生。関口のデジタル遺品から、被害者・関係者の完全リストを復元しました。七人の被害者全員が『東栄製薬の臨床試験』に関わっていたという記述があります」


「臨床試験。鏡花プロジェクトの」


「はい。そしてリストの末尾に、第八の被害者予定リストがあります」


 沈黙。冴の呼吸が電話越しに聞こえた。


「誰の名前が」


「一人目は朽木先生。あなたの名前です」


「……もう一人は」


「桐生薫さんです」


 長い沈黙が落ちた。安西はその沈黙の重さを感じた。冴がこの情報を受け止める時間が必要だと分かっていた。


「朽木先生。薫さんに連絡しますか。それとも私が」


「私が連絡する。安西さん、ありがとう。データのバックアップは」


「三箇所に分散保存済みです。暗号化してあります」


「嶋田さんには」


「既に報告しました」


「分かった。安西さん。一つ聞いていいか」


「何でしょう」


「なぜ、ここまでやってくれる」


 安西は少し考えた。


「最初、朽木先生の推理を聞いたとき、正直信じられませんでした。でも証拠を追えば追うほど、朽木先生が見ているものが正しいと分かってきた。私はデータを追う人間です。データが嘘をつかないなら、朽木先生も嘘をついていない」


 冴は何も言わなかった。電話が切れた。


 安西はモニターに向き直った。関口のリストの最後の名前が、画面の上で静かに光っていた。


 桐生薫。


 この名前を守るために、安西はキーボードを叩き続ける。嶋田が現場を去っても、データの中に嶋田の遺志は残っている。安西の仕事は、それを引き継ぐことだ。


 蛍光灯が微かに瞬いた。安西は新しいコーヒーを淹れ、作業に戻った。

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