第九話 異界への扉
風華が見つけた地下へと続く階段を覗き込む。
「なんか不気味……」
ロウソクは点いているものの、地下の奥までは見通せない。その不気味な明るさは『この奥に何かあります』と言わんばかりの様相だった。
「誰が行く?」
「え、ここで女の子に先に行かせるとか本気?」
「女……の子?」
鋭い蹴りと電撃が雷華から落とされ、俺はそれを転がって回避する。
「カメラ壊れるだろっ!」
「失礼なこと言うからでしょ! ばか蒼真!」
ギャンギャンと俺と雷華が言い争っていると「……心配するのはカメラなの?」と風華にため息をつかれた。
「どうでもいいから早く行って、蒼真」
「あ、はい。すみませんでした」
一応カメラを固定し、両手が使える状態で一歩一歩前に進む。足元が暗くて心許ない。
「焔よ宿れ」
護符を出して唱えると、ぼっと狐火が灯り俺の周りにふわふわと漂った。
「ねぇ、初めから自分で出せたじゃん?」
「護符には限りがあるんだから、節約するのは当たり前」
「神を節約道具に使うなんて最低っ!」
ぶつぶつと雷華が文句を言っている。意外にもこの場で一番怖がっているのは風華みたいで、俺の服の裾を後ろからぎゅっと掴んできていた。
指摘すると不貞腐れそうだから、口には出さないけれど。
「ん? 扉があるな」
階段の先に、ぼんやりと古ぼけた扉が浮かび上がった。扉の表面には、いかにも『何かあります』と言わんばかりに、呪文のような文字が刻まれている。
さらに近づいてみると、酷く崩してあるが漢字のようにも見えた。
「……こんなところに漢字?」
辛うじて分かりそうな文字を何文字か読んでみるが、意味はまるで分からない。
「なんて書いてあるか分かるか?」
二人を振り向くと、揃って首を傾げた二人が「分かんない」と首を振った。
首の動きに合わせて二人の髪がふわりと揺れる。
「開く?」
近くに寄った雷華がドアノブを回す。しかし、鍵がかかっているのか、ガチャガチャと空回りするばかりで扉は開かなかった。
「開かないよ?」
雷華が口をへの字にして振り向き、じっと俺を見つめてくる。そんな目で見られても困る。俺に分かるはずがない。
「ねぇ、どうする?」
「どうするって言われてもねぇ」
「壊す?」
肩をすくめる雷華に対し、意外にも短絡的で暴力的な結論を出したのは風華だった。
「よし、いけ! 風華!」
「なんで私?」
「お前が提案したんだろ」
俺の言葉に、「はぁ……」とわざとらしくため息をついた風華は、「下がって」と俺たちに向けて言った。
俺たちが数歩分扉から遠ざかると、風華が指を一つ弾いた。
——ビュン
風の刃が空気を走る音が響く。ゴブリンを一閃した風の刃。木製にしか見えない扉はそのまま粉砕される……と思ったのだが。
「え? 無傷……?」
舞い踊った積年の埃が落ち着くと、傷一つ見当たらない扉が姿を現した。
「なんで? 風華、手抜いた?」
「いつもどおりなんだけど……」
「うっそだー、そんな扉ある訳ないじゃん」
扉に近づいた雷華が扉をノックすると、コンコンと変わらない木の音が返ってくる。
「……まじだ」
三人で腕を組んでうんうん唸るが、状況が変わるはずもなく。
しばらく悩んでいると、「蒼真がやってみたら?」と風華が提案してきた。
「なんで?」
「私たち神じゃん。ダンジョンにとっては異物でしょ? 人ならなんとかなるんじゃない?」
「なんだそれ」
「可能性は全部試してみようよ?」
風華の提案に、『それも一理あるか』と俺は扉へと近づいた。
「といっても、どうするか」
ペタリと扉へと俺が手をついた瞬間だった——
身体の中の霊力が物凄い勢いで吸い込まれていく。
「なっ——」
「なに? どうしたの?」
「どうかした?蒼真」
力が吸われていることに二人は気づいていないらしい。返事をする余裕もなく、俺は慌てて扉から手を離そうとした。
だが、扉に付けた手はびくともしない。まるで強力な接着剤で貼り付けられたように、手のひらは扉にぴっとりと吸い付き、霊力が吸われていく。
「くそっ! なんだよこれ!」
体感で半分ほどの霊力を吸われてしまっただろうか。勢いよく流れ出す霊力に若干気持ち悪くなってきた頃、突然扉からの霊力の吸い込みが突然終わった。
「おわっ!」
『お前にもう用はない』とばかりにベリっといきなり手が扉から離れた。
後ろに重心をかけていた俺は、バランスを崩しそのまま後ろへと倒れ込んだ。
「きゃっ!」
むにゅっと柔らかいものが頭に当たる。
「え、大丈夫⁉︎ 蒼真」
顔を挙げると、ドアップの風華の顔があった。パッチリとした目に、まつ毛の一本一本まで見えた。
雷華は俺の身体に手を回して支えてくれていた。柔らかな身体に全身を囲われ、なんとも言えない心地よさに包まれる。
「……蒼真、楽しみすぎじゃない?」
冷ややかな風華の声が聞こえて、頭の後ろに柔らかい感触を改めて意識した。
少し頭の角度を変えると、際どいものが目に飛び込んでくる。
「ぬぉっ⁉︎」
慌てて身体を起こし、雷華から距離を取った。
「純粋ボーイじゃん」
「ちょ! 馬鹿! お前言えよ!」
「えー? 私と蒼真の仲じゃん?」
「誤解を招くようなこと言うなっ!」
俺が真っ赤になって怒鳴ると、ケラケラと雷華が笑う。
風華は俺に氷点下の視線を向け「蒼真、なにやってんの? 早く扉調べて」と冷たく言い放った。
——俺が悪いのは認めるけど、なんだか妙に機嫌が悪いな……
ひとまず誤解を解こうと、俺は口を開いた。
「いや、扉に霊力吸われてさ」
「……は?」
あのー、風華さーん?
目がいってますが? 怖いんですが?
低い声を出した風華が俺に向かって一歩詰めてくる。
「どういうこと? 蒼真の霊力吸われたの?」
「あー、えー、はい」
「どのくらい?」
「半分……くらいですかね?」
俺が恐る恐る言うと、「は? 蒼真の半分?」と『あり得ない』というように風華が目を見開いた。
「蒼真の半分も吸われたら、普通の人間死ぬよ?」
「え、そうなの?」
「当たり前じゃん。普通の人間が風神と雷神、使役出来ると思ってたの?」
『何をいまさら』と呆れた顔をした風華がため息をつく。そんなことを言われても、一般人の霊力なんて知るわけがなかった。
「人間なのになんでそんなに霊力あるのかと思ってたんだけど、無自覚?」
「いや、自覚はあったけど。そこまでだとは……?」
「はぁ。これだから……」
風華は「本当にあり得ないんだけど……」と両手を軽くあげて首を振った。大きなため息までついている。
「んなこと言われてもさ……」
「ねぇ……二人とも」
風華らしくない震えた声に、俺と風華が振り向いた。
振り向いた先には、扉の形に切り抜かれた漆黒がぽっかりと口を開けている。
そして、その漆黒の中には、佇む真っ赤な門が浮かび上がっていた。
「なんで、鳥居?」
誰も答えなかった。
——リン。
突然、鈴の音がした。全てのものが西洋風で固められているダンジョンには似つかわしくない、どこか神聖な音色。
「汝、選ばれたし」
「……は?」
笛のような声が響いた。
つい聞き入ってしまうような歌うような、女の人の声。
次の瞬間、鳥居からブラックホールのような吸引力が放たれ、全身が一気に引きずり込まれた。
足を踏ん張るが、あっという間に床板ごと吹き飛ばされる。
「風華、雷華、戻れっ!」
「なんでっ!」
「バカ蒼真!」
二人と離れるわけにはいかない。
その一心で二人の名前を叫んだ。
二人の輪郭がぼやけ、黄色と緑の光へと姿を変える。その光は勢いよく俺へ飛び込み、手首のブレスレットへと吸い込まれた。
透明だった二つの石に色が灯り、ゆらりと揺れる。
俺の身体は鳥居の漆黒の闇へと沈んでいった。
——バタン
遠くで、消えたはずの扉が閉じる音がした。
それが俺が最後にこの世で聞いた音だった。




