第四話 受付嬢の中村さん
本日は、12時、20時、21時、22時に投稿です。
よろしくお願いします!
ダンジョンに潜り始めて三日目。
俺たちはまだ一階層にいた。
「ねーねー、もっと深いところ行こ。暴れ足りない」
「もうちょい俺のレベル上げてからだって言ってるだろ?」
「そんなこと言っても、二階層なら余裕だって。私たち神だよ?」
「お前たちは神でも、俺は人間なの」
文句を言いながら、雷華が雷を飛ばす。
八つ当たりのように飛ばされた雷撃に、ゴブリンは悲鳴も上げずに絶命した。
「雷華、文句言う暇あるなら一匹でも刈って。私だって早く下に行きたい」
「ダンジョンに潜って暴れられるってのも契約の一つだったのにー」
「今暴れてるだろ?」
散々雷撃を飛ばしておいてよく言う。充分暴れてるじゃないか。
普通の初心者ならゴブリン一匹倒すのに10分はかかるところ、雷華と風華の手にかかれば10秒もかからない。退屈かもしれないが、自分たちが規格外なだけであることを自覚して欲しい。
俺がそれに付き合って、むやみやたらに進んで死んだら本末転倒だ。
霊力は極めているが、ダンジョン内での経験はまだまだひよっこ。ダンジョンの経験値と霊力は、全くの別物。実際に経験してそう確信した。
つまり、俺は他の奴らが持っていない霊力+ダンジョンレベルで強くなれることができるということで。
さらに強くなれるチャンスを、みすみす見逃すわけはなかった。
「次の二階層はちょっと雰囲気が変わるんだ。強くなれることが分かっているなら、できる限り強くなっておくのは基本だろ?」
「そうかもしれないけどー……」
むぅっと唇を突き出した雷華に思わず笑ってしまいそうになるが、
「そもそも、お前たちが前に出てる間に俺がやられたらどうするんだよ」
「自分で守ったら?」
「だから、今鍛えてんだろーが!」
護符を使って魔物を倒したり、霊力を纏わせて殴るにしても、身体をダンジョンに馴染ませておいて損はない。
俺たちが騒ぎながら狩っていると、静かな風華の声がした。
「──雷華、後ろ」
「わ! 危ない! ありがとう、風華」
「油断大敵だよ?」
雷華に向かって強酸を吐こうとしていたスライムが、風華によって切り刻まれる。
ふわりと舞っていた光が俺の胸へ吸い込まれる。淡い輝きが全身を包み込み、身体がほのかに発光した。
「お、また動きやすくなった」
はじめとは比べ物にならないくらい身体は軽く、動かしやすくなっている。
その辺の探索者相手からば、霊力バフも相まって余裕で勝てる自信があった。
一階層で上げられる上限はここが限界……か?
「よし。そろそろ帰るぞ」
「えー。まだ暴れたいのに! 二階層行こうよ!」
「今帰るなら、護符準備して明日から二階層」
俺の言葉に、雷華の顔がパッと明るくなった。
「帰ります!」
「やっと帰れるの?」
ふうっと息を吐いた風華の頭をぽんと撫で、報酬である霊力を渡す。
すると、気持ちよさそうに風華が目を細めた。与えた霊力のせいだと分かっていても少しドキッとしてしまう。
「風華ずるーい! 蒼真、私も!」
「はいはい。雷華もありがとうな」
「わーい! やったね!」
嬉しそうに口元を緩めた雷華が「気持ちー」と笑う。
「どんな感じなの?」
「ん? 蒼真の霊力?」
「そう。気持ちいいって何?」
「んー、なんだろう。お風呂入ってる感じかな?癒されるって言うか、元気になるっていうか」
空中に視線を彷徨わせながら、雷華がくるくると指を回した。結局、説明を聞いてもさっぱりだった。
「ふーん。よく分からないけど、良い感じそうでいいかな。よし、ギルドで換金して帰るぞ」
「はーい」
風華たちと一緒にダンジョンを出る。
ケラケラと笑う雷華と雷華の話を微笑みながら聞いている風華はとても目立っていて、二日目までは声をかけられて大変だった。
だがそれも、絡まれるたびに雷華がビリビリと電気を纏うため、周囲も人間でないことに気づいたらしい。
「あいつ、式神使いかよ……」
「女の陰に隠れやがって……」
と何故か俺が誹謗中傷を浴びている。解せない。
「すいません、換金お願いします」
「はい。ゴブリンとスライムの核ですね。お待ちください」
俺の差し出した袋を受け取ったお姉さんは、手慣れた動作で品質を分け始めた。
「それにしても。初めは式神使いなんて心配しましたが、もう立派なルーキーですね」
その言葉に、ギルドに登録する際、お姉さんと交わした会話を思い出した。
探索者登録をしにギルドへ行ったあの日──。
「職業は何になりますか?」と尋ねたお姉さんに「式神使いです」と答えると、手際よく手続きを進めていたお姉さんの手はぴたりと止まった。
「……あの、ご職業は?」
「だから、式神使いです」
「式神使いの方は潜らない方が……」
「式神使いです。登録お願いします」
「……畏まりました」
頑として譲らない俺に、心配そうな顔をしたお姉さんは手続きを再開した。
「お待たせしました。素敵な冒険者生活を……どうか気をつけてくださいね?」
「ありがとうございます」
意外にも丁寧な対応をしてくれたお姉さんに頭を下げた。てっきり馬鹿にされると思ったのに、意外だった──
それがなんだか懐かしくて、俺は笑ってしまったのだ。
「いやぁ、ルーキーなんて。まだまだですよ」
「三日目でこれだけ持ち込んでいたら立派ですよ」
連日顔を合わせているお姉さんとしっかり話すのは、今日が初めてだった。
「お姉さんさ」
「中村と申します」
「あ、どうも。中村さんさ、登録のときに心配してくれたのってどうしてですか? 他の奴らは『さっさと死ぬ』とか『日本人の恥晒し』みたいなことばっか言ってくるのに」
俺が聞くと、一瞬だけ手を止めた中村さんは悲しそうに首を振った。
「私の友達なんですけどね……」
「聞いたらまずかったですか? すみません……」
「あ、いえ。昔の話なんで大丈夫ですよ。私の友達が式神使いだったんです。反対したんですけど、潜るって聞かなくて……」
そこで一度言葉を切ると、中村さんは目を伏せてしまった。
「一緒にパーティーを組んで、一緒に強くなってきたんです。みんな仲が良くて、ずっと仲間だと信じていました。……それなのに、一人の式神使いは逃げるための囮にされたんです。仲間だと信じていた人たちに。……ただ、式神使いだった。それだけの理由で」
……何も言えなかった。
式神使いで命を落とす者が多いことは知っていた。それでも、実際にその話を聞くと、かける言葉が見つからなかった。
「私は助けられませんでした……。でも、ダンジョンから逃げることはできなくて。罪滅ぼしには全くなりませんが、受付嬢になりました」
中村さんは、努めて明るく笑ってみせた。
その笑顔はあまりにもぎこちなくて、俺には泣いているようにしか見えなかった。
——だから心配してくれたのか。
ストンとなにかがはまった気がした。
「ありがとうございます」
「……なにがですか?」
「式神使いを馬鹿にしないでくれて」
そう言うと、中村さんは少しだけおかしそうに笑った。
「他の職だって、最初はみんな何もできないのに。不思議ですよね。不遇職っていうだけでパーティーに入れてもらえなくて、強くなれる機会すらないんです。それで『弱い』なんて言われても……。そんなこと言うなら、自分たちだって最初から一人で強くなってみればいいのにって思います」
とん、と電卓を弾き終わった中村さんは、「内緒ですよ」と笑った。
そして「聞いてくださってありがとうございました。なんだかスッキリしました」と綺麗な顔で微笑んだ。
「俺はお礼を言われるようなこと何もしてないですよ」
「それでも、ありがとうございます」
「んー。そういうなら」
後ろの椅子で楽しそうにお喋りをしている二人をチラリと見る。
「俺があの二人と駆け上がるとこ、見ておいてください。日本の恥晒しっていう評価、覆して見せるんで」
俺が笑うと、中村さんは目をぱちくりとさせ、おかしそうに笑った。その笑顔は仕事用の作られたものではなく、素の笑顔だと思った。
「それは特等席で見させてもらわないと。私が安倍さんの担当受付嬢でお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
「今日の代金です。ギルドカードにいれておきますね」と電卓で示された額は、約10万円。
まだ一階層。ゴブリンとスライムを狩っただけでこの値段だ。冒険者、高給すぎる。
「高くないですか?」
「安倍さんが狩りすぎなんですよ?まぁギルドとしては助かりますけどね」
「怪我には気をつけてくださいね」と笑った中村さんに手を振って、俺は二人の元へと戻った。
「お待たせ、帰るぞ」
「おかえりー。今日のご飯何かな?」
「蒼真のお母さん、ご飯上手だから楽しみ」
「そうだよなー。俺もご飯がうまい嫁が欲しい」
「頑張って見つけてくださーい」
ケラケラと笑いながら俺たちは帰路についた。




