第三話 式神召喚
「きゃー!」
どこからか悲鳴のような声が聞こえた気がした。きょろきょろと周囲を見渡すが、誰もいない。
首を傾げながらなんとなく空を見上げた瞬間、服をはためかせて落ちてくる美少女と目があった。
「……は⁉︎」
──やばいっ!ぶつかる!
咄嗟に霊力を身体に纏わせる。
ドンッという衝撃と共に息が詰まった。
「いててて……」
女の子は呑気に腰を抑えているが、ぶつかられたこっちはそれどころではない。俺じゃなかったら死んでいるところだ。
「危ないだろ!」
「あれ? 君、私見えるの?」
ショートカットの金髪の美少女。
くりくりとした目に、コスプレを思わせる巫女のような服を着ているが、妙に着こなしている。
「見えるって……。あ、幽霊?」
「幽霊だって。失礼だね、君」
普通は見えなくて俺には見える物。それ即ち、人ならざる者。
だけど、反応的に違うらしい。
ふんっと腰に手を当てた彼女は、俺に向かって頰を膨らませるが、俺はそれどころではない。普通に痛いし。
俺たちが向かい合っていると、空からまたもや美少女が降りてきた。
「どうしたの? 雷神」
彼女は雲に乗っていて、サラサラとした長い黒髪が風になびいている。
金髪の子はショートパンツみたいになってるけれど、こっちの子の服は長くて本当に巫女さんのように見える。どちらのデザインも甲乙つけ難い。うむ。非常に良い。
まぁそんなことは置いておいて。
空から降って来た女の子、双子、雷神という名前。
──これはあれだ。間違いない。
「風神と、雷神?」
「指差すなやっ!」
初めて会った本物の神様に、つい指を差してしまった。ごきり、と乾いた音が鳴る。
「……え?」
俺の人差し指が、常識を無視した方向へ綺麗に曲がっていた。
「いてぇっ!」
「やば、折っちゃった」
「もー。なにやってんの? 雷神」
指を押さえて蹲った。鼓動を刻むたびに指に激痛が走る。
やばい、これは久しぶりにヤバい。
必死に呼吸を落ち着かせて、霊力を指先に集中させる。じんわりと温かくなり、柔らかい光が指を包みこんだ。
「へ?」
「何こいつ……」
目の前の雷神が間抜けな声をあげ、風神は怪訝そうに眉を寄せているが二人に構っている余裕はない。
光が収まると、痛みがスッと引いていった。
「あー、まじで痛かった。久しぶりに痺れた」
「気持ち悪。本当に人間?」
「何者?」
ドン引きしたような、恐ろしいものを見るような視線の二人が俺を凝視してきた。美少女に見られるのは悪くないな、と若干にやけてしまう。
「俺、式神使いだから」
「陰陽師でもそんなことできないのに?」
「天才だからさ」
「……うざすぎ」
「っていうのは冗談で。これでも猛特訓したんだって」
これはマジ。
どうにかして強くなろうと足掻いた結果だ。
自分でも頑張ったと思っている。
「あっそ。まぁいいや」
はぁとため息混じりに口を開いた風神は、あっさりと俺への興味を失ったようだった。
「私たち、もういっていい?」
「……へ?」
「用事ないし。もともと雷神が落ちただけだし」
そう言うなり、風神はくるりと背を向け雲に乗ろうとする。
「ちょ! ちょ、たんま!」
──こんなチャンス、逃してたまるか。
「俺と! 式神契約しませんか⁉︎」
「……なに?」
二人に向かって叫ぶと、本物の変人を見る顔で見られた。
そして、一人で叫んでいるように見られた俺は、周囲の人たちから遠巻きに避けられている。
だが、このチャンスを逃すことのできない俺に、そんなことを気にしている余裕などあるはずがなく。
「は? 私たちと?」
「メリットがない。意味不明」
論外という顔をしていた二人が、惹きつけられるように
「あなた……霊力多くない?」
「えー! なんか甘い匂いがする!」
二人の瞳に獲物を見つけた肉食獣のような光が宿る。思わず一歩退きそうになったが、ここが正念場だと背筋を伸ばした。
「じゃ、じゃあ! 報酬は霊力で!」
「……は? 足りない。それだけで神を使役しようとしてんの? 死にたい?」
一段低くなった風神の声と共に、冷たい風が吹き荒れる。二人の巫女服が激しくはためき、その布音だけが静寂を切り裂いた。
肌を撫でる風は凍えるほど冷たいはずなのに、背中を伝う汗だけは止まらなかった。
そんな風神の怒気に割って入ったのは、意外な人物だった。
「まぁまぁ、風神。いんじゃない? 暇でしょ?」
楽しそうに笑う雷神が俺を見る。
「食べてもいいんでしょ?」
「なっ!」
「君が死ぬ時、私たちが全部貰う。君の魂は私たちにとらわれる。それでもいいわけ?」
俺の胸の辺りを、雷神の長い指が捉える。
思わず唾を飲み込んだが、口の中はカラカラで何も飲み込むことはできなかった。
「目的は?」
「……は?」
「私たちを使役したい、目的?」
にこりと笑ったその瞳の奥は冷え切っていた。見定めるような視線に晒され、全身に電流が流れたような痺れが走った。
「し、式神使いが最強ってことを証明したくて」
「ふーん。あ、式神使いって今弱いんだっけ? 昔は一強だったのにねぇ。可哀想」
──やはり強かったのか。
それどころではないのに、突然もたらされた情報に頬が緩みかけてしまった。
「ま、いいや。君、安倍の家の子でしょ? 私たちも君の先祖に借りがあるから。さっきの条件なら契約してあげてもいいよ」
そう言った雷神が、一つひとつ指を折る。俺の視線は、自然とその白く細い指先へ引き寄せられた。
「日々の霊力提供、暴れる場所の確保。そして──」
握り締められた雷神の手から目が離せない。
グシャリと何かがつぶれる音が聞こえた気がした。
「君の──魂」
俺の魂はこの日、行く場所が決まった。
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「陣はこれでいいかな? 大丈夫? 親父」
「うむ……いいだろう。それにしても蒼真、本当にこんな大きさの陣がいるのか? ……というより、発動するのか?」
敷地だけは広い庭の真ん中で、俺は式神契約用の陣を描いていた。
その大きさは半径約五メートル。
今までは手のひら程度の陣しか描いてこなかったのだ。父親が心配するのはもっともだ。
だが、そんな心配は杞憂なのである。
何故ならば俺は、すでに当てをつけているのだ。
「大丈夫だって。ほら、やるから親父は縁側に行って」
「……無理はするなよ。無理だったらすぐに陣を消すんだ。死ぬぞ」
「分かってるって」
父親の背中を押し、屋敷の方へ追いやる。
陣へと向かい合い、目を瞑った。
身体に流れる霊力へ集中し、深く息を吸った。
「天地の理に則り、我が霊力をもって汝を結ぶ。契約を受けよ。──我が式となれ」
──来い、風神雷神
庭に描かれた召喚陣が光を帯びていく。
空が暗くなり、雷鳴が大地を震わせる。
肌を突き刺す静電気が、俺の黒髪を逆立てた。
突風が吹き荒れ、召喚陣が鋭い閃光を放った瞬間──
まるで天が認めたかのように、無数の稲妻が暗雲を裂き、爆音と共に落雷が陣に落ちた。
「呼んだ?」
「来てやったわよ」
突然、場に似合わない楽しげな声が聞こえた。
稲妻が落ちた後の陣の中心には、風神と雷神が立っていた。
「なっ──」
「なに? 何が起きているの⁉︎」
風神たちの姿が見える父親は言葉を失い、見ることの出来ない母親はおろおろとしている。だが、流石は式神家の嫁。その場から動かなかった。
「俺と契約しろ、風神、雷神」
「しょうがないな? 交渉通りの報酬──ちゃんと払えるんだよね?」
「契約不履行になったら……あなたの霊力全部貰うから。」
楽しそうに笑った二人の声が、雷鳴に溶けていく。
事前に交渉出来て良かった。本来なら必要な戦いさえも必要がない。式神使いにとって一番大変なのは、陣と札だけで妖に打ち勝たなければならない召喚の儀なのだ。
「契約は成立した。今日からお前たちの名は"風華"と"雷華"だ──」
二人の身体が光を帯びていく。
「名前とか初めて!」
「名前があるっていいわね」
光が収まると、そこには実体化した二人がいた。いきなり姿が見えるようになった母親は「女の子が二人⁉︎」と目を白黒させている。
「蒼真……」
「親父、成功したぜ?」
にやりと笑うと、「馬鹿者!」と怒声が空気を震わせた。父親の顔は真っ赤に染まり、わなわなと身体が震えている。
「風神様と雷神様を呼ぶやつがあるか!」
「いや、これには深い訳が」
「訳に深いも浅いもあるか! 死にたいのか! そんなやつをダンジョンに潜らせれるか!」
雷神よりもやっかいな雷が落ちてしまった。
「ねぇねぇ、この主人、本当に大丈夫なの?」
「さぁね? まぁ霊力は美味しかったし、いいんじゃない?」
黒雲が去り、眩しい太陽の光が再び差し込み始めた庭で、俺の召喚の儀は幕を閉じた。
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