第二話 霊力
俺がダンジョンへ潜ることを両親へ伝えたとき、両親は激怒した。
「父さん、母さん。俺はダンジョンに潜ろうと思う」
「お前! ご祖先様を裏切る気か!」
──ドンッ
夕飯の席で両親に告げると、憤った父さんが机に手をついて立ち上がった。母さんは目を見開いて固まっている。
「いや、まだ何も説明してな──」
「ダンジョンに潜るなんて、どうせ魔術師や騎士にでも憧れているんだろう!」
「式神使いとして潜るつもりだけど? そもそも、うちは式神家なのに式神使いに決まってるし。父さんも式神使いだろ?」
俺の言葉に、父さんの動きがぴたりと止まった。先ほどまでの剣幕はなりを潜め、そのまま崩れ落ちるように腰を下ろした。
「そんな……」
母さんが、悲鳴にも似た声を上げた。
「辞めておけ……死ぬだけだ……」
「そうよ、蒼真。貴方まで失うわけにはいかないの。お願いだから考え直してちょうだい」
縋るような目で見てくる母さんからそっと目を逸らした。
忘れることなんてできるはずもない、幼い妹──鈴の姿が頭によぎった。『私、大きくなったら式神使いになる! 式神ってすごいんだって、みんなに教えてあげるの!』というあどけない声が頭の奥で響く。
俺は──鈴の夢を叶えるんだ。
「大丈夫だって、父さん。俺だってちゃんと訓練してきただろ?」
努めて明るい声を出した俺を、父さんは眉を寄せたまま難しい顔で見つめてきた。
時計の針が進む音だけが響く部屋の中で、無言の攻防が父さんと俺の間で繰り広げられる。
やがて、小さく息を吐いた父さんが先に視線を逸らした。
「確かに、俺よりは才能はあるだろう。だが、お前はまだ式神も持っていないだろう?」
世間では紙人形一体しか使役できないと言われている式神使いだが、父さんは猫又などの動物の妖を使役することができるのだ。
昼間はサラリーマンとして働き、馬鹿にされながらも、式神使いの伝統を失わないよう努力を続けている父さんのことを俺は誇りに思っている。
……強いかどうかは置いておいて。
「今度の週末に儀式させて? その結果を見て貰ってから判断してもらってもいい?」
俺がそう言うと、両親は眉を寄せつつ心配そうな顔を崩さないまま頷いてくれた。
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ダンジョンでは、自力で倒さなければ力は得られない──それはこの世界の常識だ。
だから新人は、上位ランクの冒険者が率いるパーティーに入り、守られながら経験を積むのが当たり前だった。
だけど、初期段階で紙一枚しか使役できない式神使いは嫌厭され、パーティーへ入れてもらえないものが続出。十分な支援を受けられないまま無謀にもダンジョンへ挑み、命を落とす新人が相次いだ。
メディアはそれを面白おかしく取り上げた。
――日本の伝統は時代遅れ。
――式神使いは敗北した職業。
そんな見出しが連日踊り、やがて式神使いは”日本の恥晒し”“世界最弱”の職業と呼ばれるようになった。
モンスターを倒すことで力を得る。
本当にそうなのか──?
本当はもう一つ、別の力もあるのでは?
そのことに俺が気づいたのは偶然だった。
学校の階段で誰かにぶつかられ、バランスを崩した俺は、そのまま派手に階段を転げ落ちた。運悪く頭を強く打ちつけ、額のあたりがぱっくりと裂ける。温かい血が、頬を伝って流れ落ちた。
「やべぇ、逃げろ!」
突き落とした奴らがバタバタと逃げていく音がしたけれど、俺はそれどころではなかった。
「なんだ……これ?」
勢いよく血が吹き出す傷口を抑えた手から、なにか温かい物が溢れ、傷口を包んでいく。
パァッと光が満ちると、傷が綺麗さっぱりなくなっていた。
「……は?」
必死に先ほどの何かを手繰り寄せる。
「流れてる……?」
手の隅々まで張り巡らされている物が確かにあった。その流れは何故か腰のあたりで折り返していた。
「なんだこれ?」
その日から、俺はその流れをぐるぐると回転させ続けた。
少しずつ、少しずつ腰にある何かを削り取ったある日。
ドン、という感覚とともに、一気に流れが加速するのを感じだ。
循環させればさせるほど、圧縮させることのできる何か。何かは分からなかったけれど、確実に増えていく実感のあるその力に俺は魅了されていった。
「これだ!」
ガサゴソと蔵の奥から埃を被った段ボールを引っ張り出す。崩れかけている段ボールから古ぼけた一冊の本を引っ張り出す。
「やっぱ昔はあったんだ……」
数代前のご先祖様が遺した手記だった。パラパラとページをめくると、自身の修行や訓練の記録を書き記したものらしい。
ところどころ文字は掠れ、読めない箇所もある。だが、どうにか読み進めていると、『霊力とは』という一文が目に飛び込んできた。
【霊力とは、己が身に巡る第二の血流なり。これをもって妖を従え、式と成す。その量は器により定まり、器の形定まりし後は、増ゆることほとんどなし。】
と書き記されていた。
「あった。霊力……か……」
俺が気づいたのは、恐らくこれだ。
「器ねぇ……。流れの調節で増やせることを知らなかったのか……?」
まぁいっか。
気づいたか気づいてないかなんて分かるわけないし、今失われているということだけが事実。
そこから俺は、ご先祖様の手記を隅から隅まで読み尽くした。
「結構増えたか?」
さらに俺は、それを圧縮すればするほど、蓄えられる力も増えていくことに気づいた。
感覚としては、指先から水だけを抜き取るようなものだ。水分が減った分だけ体内の力が凝縮され、その密度に比例するように俺の力も増していく。
あれだな。定期的に献血すると新しい血が作られて体にいいって話。本当かどうかは知らないけれど、俺の力もそんな感じだった。無くなった分だけ、新しい力が生まれてくる。
そんなこんなで、霊力に夢中になった俺が力を増やしまくっていたある日──俺は彼女たちに出会った。




