第十八話 【二階層】耳なし芳一
風圧で黒髪が後ろへと掻き上がる。きっと髪型は見るも無惨な状況になっているだろう。
だけど、そんな些細なことは気にならないくらいに俺の心はこれから立ち向かう裏ボスへの期待に満ちていた。
白夜たちの反応からして、二階層でさえも突破した人間はいないのだろう。
つまり、突破すれば俺が初の突破者──
見返してやる──その夢に一歩近づいた気がした。
両親は──鈴は、喜んでくれるだろうか。
そんなことを考えているうちに、あっという間に砂浜が近づいてくる。地面にぶつかる寸前、手を前に突き出して霊力を噴き出した。
俺の予定では、霊力で減速する──はずだった。
減速に使われる筈の噴き出した霊力はなぜか実体化し、俺の身体をぽふんと受け止めた。
「は?」
ビーズクッションに埋もれたような心地よさに、思わず「おぉ……」と声が漏れそうになる。
実体化した霊力──こんな現象、帰ったら絶対に研究したいが、その願いはすぐに阻まれた。
百体の落武者が、ガシャガシャと不協和音を奏でながら、一斉に俺へ向かって駆け出してくる。
その光景に、一気に現実へと引き戻された。
だが、残念ながらこいつらに構っている暇はない。
「行くぞ!」
立ち尽くしたままの風華の手を取り、あわあわしている雷華の背中を軽く押した。
雷華はすぐに我に返ったが、風華はまだ状況を飲み込めていないようだ。雷華の叫び声が、落武者たちの呻き声と混じり合う。
「行くってどこに⁉︎ 落武者たちは⁉︎ 祓わなくていいの⁉︎」
「落武者は放っておいていい! そいつらは魂だ」
「だから祓うんじゃないの⁉︎」
「いいから! 来たら分かる!」
風華の手を引いたまま走り出すと、風華もやっと我に返ったらしい。自分で足を動かし始めた。
「ごめん、もう大丈夫」という声に、俺も手を離す。
砂浜を駆け抜け、山道へ続く道へ足を踏み入れたところで、ふと足を止めた。
あれほど響いていたガシャガシャという音が、ぴたりと止んでいる。
不思議に思って振り返ると、落武者たちは俺が生み出した霊力のクッションに群がっていた。
「俺の霊力に反応していたのか……」
俺の声に反応した風華たちが振り向き、「うわぁ……」という声を漏らした。
その気持ちは分かる。飢えた獣が餌に群がるように、落武者たちは霊力へ殺到していた。
ひとまずは大丈夫だろう。
「よし、行くか」
これから危機の元へ自分から飛び込むわけだが、試練を突破するには仕方がない。
なにより、ああやって落武者たちに追い回され続けるのは御免だった。
「行くってどこに?」
「あそこ」
俺が指差した先には、微かに赤い鳥居の屋根部分が見えた。
「なにあれ?」
「落武者、琵琶、海。連想するものは?」
突然の俺のクイズに、「平家物語?」「壇ノ浦……?」と雷華と風華はこてんと首を傾げる。
建物まで続く石段を早足で登りながら問いかけると、二人はしっかりと正解を口にした。
「正解。これ、食べといて」
リュックから三色団子を取り出し、風華たちへ手渡す。
「……今?」
「なんで団子?」
呆れかえった二人の顔が予想どおりすぎて笑いが込み上げる。
「これ、疲れも取れるし、力が回復するよ」
「うっそだー」と雷華は眉をひそめたが、風華は「とりあえず食べてみる。さっき上で食べてたやつでしょ?」と言って、団子を受け取った。
一口かじった風華は、「ん……?」と首を傾げる。その反応に雷華も慌てて団子を頬張り、「本当だ!」と目を丸くした。
二人が団子を食べ終えたのを確認すると、俺たちは赤い鳥居を目指して再び石段を登り始めた。
段々と近づいてくる鳥居は、血を吸ったかのように赤く艶めき、あるはずのない太陽の光を反射しているようだった。
「ここにおそらく、この試練の真の妖がいる。俺の予想が正しければおそらく……」
カツン、とつま先が最後の石段に触れた。
登り切ったその先には、こぢんまりとした神社が鎮座している。
本来清廉であるはずの境内には、どこか奇妙な空気が満ちていた。
「この試練で挑むのは、落武者じゃない。平家の怨念を語り続ける『耳なし芳一』だ──」
俺の声に呼応するようにベンという音が静寂を裂いた。
鳥居と建物の間には、何かが確かに居た。
姿は見えない。
だが、白夜たちと一緒にいた時に感じた、あのゾワリとした気配を身近で感じて肌が粟立った。
石畳に、ぽたりと真っ赤な血が落ちる。
ベン──と琵琶の音が再び鳴った。
一音、また一音と音色が重なるたび、平家の無念を語るかのような旋律が、静まり返った境内へじわりと染み渡っていく。
「ようこそ、お待ちしておりました」
琵琶の音が途切れた、その一瞬の静寂を縫うように、穏やかな声が響いた。
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