第十七話 【二階層】琵琶の音
「ねぇ……減ってなくない?」
「だよ……な?」
衰えることのない落武者たちの勢いに、俺たちは徐々に押されていた。
「なんでこいつら、蒼真しか狙わないの?」
風華の声に、俺は風華の様子を意識して確認する。
向かってくる落武者たちの相手に気づかなかったが、確かに落武者たちは俺に向かってまっすぐ突っ込んできていた。
俺の隣には風華がいるにも関わらず──。
風華を見たことで一瞬できた隙。
その隙をついて、錆びた日本刀が勢いよく振り抜かれ眼前を通過した。一瞬反応が遅れた俺の前髪がパサリと舞った。
あと一瞬下がるのが遅ければ、俺の首は胴体とさよならしていたかもしれなかった。
「もういい加減にして! しつこい! 成仏しなよっ!」
ヤケクソのように雷華が叫んだ言葉に、俺はハッとした。
「雷華、なんて言った?」
「え? しつこい?」
「違う、そのあと」
「……成仏しなよ?」
「それだ……」
思わず唇を噛み締めた。
この試練は何と書いてあったか。
【彷徨える霊を100体祓え】
ベン──と琵琶の音がまた響いた。
「そういうことかよっ!」
耳に飛び込んできたその音の出所を探ろうと、俺は周囲へと視線を巡らせた。
「どこだ……どこにいる……」
だが、琵琶の音は波の音と混じり合っており、どこから聞こえるか分からない。
──ベンッ
琵琶の音と共に、ゾロゾロと落武者たちが再び海から這い出てくる。
間違いない。これは、落武者を百体倒す試練ではない。
百体の落武者を操っている術者を倒し、落武者を成仏させる試練だ。
「風華、雷華! お前ら飛べるか⁉︎」
「は? 無理! 雲ないもん!」
「くそっ──! 風華、俺の身体を飛ばせ!」
「無茶言わないで! 大怪我するよ⁉︎」
信じられない、と風華が目を見開く。
いつも綺麗に整えられている風華の髪は汗で張り付き、舞い上がられた砂浜の砂によって顔が汚れていた。
「霊力を纏う! 大丈夫だ、飛ばせ!」
「──っ! もう知らないから!」
俺が折れないことを悟った風華が、俺に手を向けた。
俺の足元から暴風が勢いよく噴き上げる。タイミングを合わせ、俺は砂浜を全力で蹴った。
俺の重力に押された砂浜の砂が巻き上がり、俺が蹴った部分は穴が空いたかのようにえぐれた。
ピンポイントで俺の靴裏を押した風華の風が、俺の身体を天高く跳ね上げた。
痛いほどの風圧が俺の身体を襲う。キリキリとした冷たい風が俺の頬を切った。
纏わせている霊力の密度を更に上げる。
「どこだ! どこにいるっ⁉︎」
俺の視界の下では、標的を見失った落武者たちはウロウロと彷徨い始めていた。
「やっぱりか……」
あいつらは俺しか見ていない。砂浜に立ち尽くしている風華と雷華には目もくれない。
術士を見つけなくては──そう思い視線を巡らすが、どこにもそれらしき姿を捉えることができない。
推進力を失った身体は、勢いを増して地面へと引っ張られる。
「こうなったら!」
落下途中に前方へと霊力を吐き出した。後方へと勢いづくとともに、俺は目の間に迫る鳥居へと手を伸ばした。
──ゴンッ!
鈍い音を立ててぶつかった鳥居の上には、豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をした白夜と白雪が腰掛けていた。
「びっくりしたぁ!」
「試練中……だよ?」
驚く白夜と、こてんと首を傾げた白雪に、「分かってるよ」と俺は吐き出した。
鳥居の上に立ち、当たり一面に霊力を広げていく。
砂浜には風華と雷華の霊力。そして、その周囲を無数の小さな霊力が蠢いている。
落武者の魔力は、素早い動きに反して何だか空っぽのように感じられた。
だけど、違う。探しているのはこれじゃない。
更に霊力を薄く伸ばす。
流石の俺の霊力も枯渇しそうだ。
だけど、こんなところで崩れるわけにはいかない。
崩れそうな身体に喝を入れる。圧縮していた霊力を希釈し、身体を霊力で満たすと少しだけ身体が楽になった。
「見つけた……っ!」
その気配は、海でも砂浜でもなく、風景の一部と化している山の中にあった。
ゾワゾワと感覚が身体を這い回る。
それに耐えながらじっと目を凝らす。すると、俺が今乗っている鳥居とは別の赤いものが見えた。よく見ると、真っ赤な鳥居と小さな赤い瓦葺きの社が山の中にぽつんと佇んでいる。
「へー。気づくんだ」
「……気づいた人、初めてかな?」
隣で俺を楽しそうに眺めている白夜と白雪が何か言った気がしたが、俺の耳に入ったその言葉は理解しないまま通り抜けていった。
霊力を使いすぎてクラクラする。久しぶりに感じた霊力酔いだろう。
「気持ち悪……」
思わず口を押さえると、「バッカだー」とケラケラと笑う白夜の声が飛び込んできた。
「お前なぁ……」
俺が言うと、「白夜様ヒーント!神印の三色団子っ!」とビシッと俺のリュックを白夜が指差した。
「今食えるかよ……」
「いいのかぁ?」
楽しそうに笑う白夜は、白雪は「いいの?」と白夜に向かって戸惑いの表情を浮かべている。
「いいんだって。俺ら案内人だし?」
「そう……」
その言葉に、俺は急いで三色団子をリュックから取り出した。どう考えても食べている場合ではないが、この二人が言うのだ。何があるのだろう。
突然リュックから三角団子を取り出した俺を、呆れたような怒っているような表情をした風華と雷華が見上げているのが見えた。
出来れは二人にも渡してやりたいが、まさか放り投げるわけにはいかないし、周囲に落武者が溢れている場所に俺が降りるわけにはいかなかった。
一口齧ると、口の中にじんわりとした甘さが広がっていく。思っていた以上に疲弊した身体は、優しい甘みを欲していたようだ。
あっと言う間に一本、ペロリと食べてしまった。
「よしっ」
甘みなのか、神特製だからか。
心なしか体が軽くなり、頭の中もスッキリした気がする。
「あれ?」
気のせいじゃ……ない?
手のひらをじっと見つめると、じわじわと霊力が身体から滲み出しているのが分かった。
「蒼真は霊力の勘がいいよね」
「普通の人間は気づかない」
楽しそうにクスクスと笑った二人の顔を見て、気のせいではなかったことに気がついた。
「凄いな、ありがとう」
「いえいえー、続きも張り切っていきましょー!」
カメラを向けてアピールしてきた白夜に、思わず苦笑が漏れた。
「ほら、ファンサービスは?」
カメラを揺らす白夜に俺はヒラヒラと手を振った。
「んじゃ、またな、白雪」
「うん。行ってらっしゃい」
「僕には⁉︎」
「おう。また後でない、白夜」
二人へ言葉を残し、軽く足元を蹴った。
俺の身体は重力に従って、地面へと惹きつけられていく。
耳元を風が切り裂くような音が心地よい。
極限まで目を見開いた雷華と風華の顔に、驚愕の色が広がった。
今度こそ終わらせる。
百体の怨霊を──祓うために。
明日(28日)より隔日投稿となります。
次回投稿は29日です。よろしくお願いします!




