第十六話 【二階層】落武者たち
「来るよ……っ!」
鋭い雷華の声が響いた。
それと同時に先ほどまでの足取りが嘘のように、体勢を低くした落武者が俺に向かって突っ込んでくる。
「いきなりかよっ! 風華っ!」
「分かってる!」
先頭にいた落武者に向かって風華が風の刃を飛ばす。ザクっという生々しい音と共に落武者の首が地面へと転がった。
しかし、それを見ている暇などない。
次から次に捨て身で突っ込んでくる落武者たちに対し、風華が連続で刃を飛ばす。雷華が落とす落雷で、後方の落武者たちが吹き飛んだ。
——落武者単体の戦闘力はそんなに強くなさそうだ。
風華と雷華の攻撃を潜り抜け、俺までたどり着いた落武者が、勢いよく刀を振りかぶった。
「脇が甘いっ」
手に霊力を纏い、落武者の腹へと押し付ける。
ぐちょり——という肉が落ちるような感触に、苦いものが喉へと込み上げてきた。
歯を食いしばり、霊力を身体の中へと押し込む。
——バンっ
俺の手を起点として流し込んだ霊力が、凄まじい勢いで落武者の身体の中を駆け巡った。
「ぐぉ……っ」
人の声とは思わぬ、恨めしそうな声を出した落武者と目があった。
「悪いな……、俺もここで終わるわけにはいかないんだ」
俺の言葉と同時に、落武者の身体が崩れ落ちた。
「なにしたのっ⁉︎」
俺の方へ落武者が行ったのを見て、焦った顔をしていた雷華が驚愕の声を上げた。
「体内の霊力回路をちょっとな?」
「そういう技があるなら、先に言って!」
「男のロマンだろ?」
絶え間なく襲いかかってくる落武者たちに対応しながら、俺と雷華は落武者たちのうめき声に負けないよう大声を上げた。
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この戦闘方法を思いついたのは、霊力についての本を読んだときだった。
蔵に無造作に積み重ねられ、埃をかぶっていた古文書。
古すぎるその書物は、多少の経年劣化はあるものの保管状態が良かったのか、何とか読むことができた。
「なんだこれ?」
その古文書を部屋へと持ち込み、ゴロゴロと寝ころびながら目を通していたとき。
霊力についてのある記述が目に飛び込んできた。
それは、霊力に関する基礎知識の項目——だが、現代にはとうの昔に失われている知識である。
「なになに? 生き物は生まれながらにして大なり小なりの霊力を持っている。そしてそれは、生命力のように体を巡っている——か」
足元では雷華が音楽を聴き、風華は何やら書き物をしている。俺がぶつぶついうのにも慣れたのか、俺が読み上げても二人は顔を上げることさえしなかった。
「霊力が身体を巡る……ね?」
身体の霊力を圧縮してやると、ジワリとまた霊力が身体から滲み出てくる感覚がした。
初めは指先まで達していなかった霊力回路も、腰の詰まりを開放してからは全身にくまなく張り巡らすことができていた。
俺がやったように回路を開放してやれば、時間をかけて霊力の量は増えるし、その回路は強くなるのだろう。
「これ……耐えれなかったらどうなるだ?」
「なにがー?」
たまたま俺の声が飛び込んだのか、不思議そうな顔をした雷華がヘッドホンをずらして俺を見ていた。
「何もない」
「ふーん。独り言大きいよ?」
すぐに興味を失った雷華は、スマホへと視線を戻し再び音楽を聴き始めた。
それを横目に、俺はある仮説を立てた。
それを実証するため、潜り始めてすぐの頃。俺は雷華と風華の目を盗んではゴブリンたちで実験をしていた。
どの程度であれば耐えるのか、逆に強くなるのか。
そして——
死ぬのか。
霊力が生命力の源であるならば、霊力回路がぶっ壊れたら死ぬはず。
そしてその仮説は正しかった。
俺は目の前の落武者の切り込みを姿勢を低くしてやり過ごし、背中へとポンっと手を置いた。
——ガシャン
目から光を失った落武者は地面へと崩れ落ちた。
「また一人……と」
「蒼真、そういうのいいから、集中して」
三人がかりで倒してはいるものの、その数百体。
ちょっとやそっとで減るはずもなく。
なかなか数の減らない落武者たちに、風華が苛立ったような声を上げた。
「ごめん」
霊力で身体を覆い、体術を強化する。地面を思いっきり蹴った俺は、落武者の背後に降り立つと共に回し蹴りをした。
軽く当たったように見えるのに、落武者はボールのようにぶっ飛んでいった。
「その大立ち回り必要ある?」
「……配信映え?」
「バカじゃん、死ぬよ」
このとき、俺たちはそんな軽口を言い合うくらいに余裕があった。
「大丈夫か?」
「ちょっと力切れ……かも」
苦しそうな表情の雷華に、風華も涼しい顔をしながら額には汗が滲んでいる。
俺もまだ霊力に余裕はあるとしても、明らかに何かがおかしかった。
かれこれ三十分は戦っている。雷華も風華も数人纏めて倒している。俺だって一人ずつとはいえど、数え切れないほどの落武者を倒していた。
——何かがおかしい。
余裕のあった顔は崩れ、徐々に息が上がる。
苦しげになる俺たちとは対照的に、落武者たちは変わらない速度で俺たちへと突っ込んでくる。
また一人、一人。
倒れてはどこかへ消えといく落武者たち。
ベンベンベンベン──
絶え間なく聞こえる波の音に混じって、低い琵琶の音が小さく空気を震わせていた。




