第十二話 選定試験
巻物を持つ白夜の姿を固唾を飲んで見つめる。小さな真っ赤な唇が、ゆっくりと開かれた。
「一、汝は選定の儀に選ばれたり」
まるで神の言葉かのように響いた言葉は、静かな静寂に吸い込まれる。
和やかにも思われた空気は一瞬にして立ち消え、場は清廉な空気に満ちていた。
「二、各階層の試練をこなすべし。試練は巻物に標される」
「三、試練後は各階層の大将と戦われたり。勝つことだけが勝負ではない。心得たり」
「最下層で待つ」
再び場に沈黙が戻った。
巻物を丸めた白夜が「ふぅ」と息を吐き出す。
静かに見守っていた白雪が、パチパチと拍手をした。身じろぎもできず、その音を聞いていると、じろりと冷たい視線を向けられた気がして、慌てて手を叩いた。
「どうもどうも」
静かに響いた二つ分の拍手に、白夜が軽く手を上げて応える。それを合図に、俺たちは手を叩くのを止めた。
満足げに頷いている白夜に、俺は問いかけた。
「聞いてもいい?」
「うむ。苦しゅうない」
ストンと椅子に座り、再びお団子を食べ始めた白夜が「ん」と追加の三色団子を俺に手渡してきた。
「ありがとう」と受け取ると、「これ美味しいよね。さすが神製。ありがたく食べて」と軽く言われ、思わず固まった。
……神製?
手の中にあるツヤツヤとした三色団子は、変哲もないものにしか見えない。なのに、言われてみれば、どこか神々しい気配をまとっているような気もした。
「んで?なに?」
白夜の声に軽く頭を振り、先ほど浮かんだ疑問をなんとか思い出して思考を立て直す。
「はじめに言ってた、"戻れない"ってどういうこと?」
「あー、あれ? ここは神の選定の場って言ったでしょ? 中断は不可。帰りたければ最後まで行き着くことだね」
「そんな……」
言葉を失った俺に、それまで黙って様子を見守っていた白雪の口がゆっくりと開いた。
「貴方、何をしに来たの?ダンジョンに潜った目的は?」
「……式神使いが最弱じゃないって見返すこと」
どんなに罵られても背筋を伸ばしていた父さんこ背中と、「おとうさんの式神、かわいいねぇ」とニコニコ笑う妹の顔が頭によぎった。
それと同時に、クスクスとした嘲笑も。
奥歯をギリッと噛み締める。胸の奥を、じわりと苦さが満たしていく。
俺の顔を見た白夜が「いい顔できるじゃん」とニヤリと笑った。
「見返したいなら、それ相応の対価を」
静かに告げた白雪の声に、唇を噛み締める。大きく息を吸い込み、覚悟を決めた。
少しでも情報を集めるため、真正面から白雪の目を見て問いかける。
「期間は?」
「あなた次第。どこまで行けますかね?」
「階層は何階層まであるんだ?」
「今ここで答える必要が?」
ひと通りの質問に答えてくれた白夜に対し、白雪には涼しげな顔でのらりくらりと質問をかわされる。
根本的なことはこれ以上聞いても無駄……か。それなら、少しでも試練に役立つ情報が欲しい。
「それじゃ、ご飯とかはどうしたら?」
まさか長期間潜ることになるとは思っていなかったから、リュックの中には数日分の食料しか入っていなかった。
「自分で考えたらー? っていいたいところだけど、流石に教えてあげる?」
「まぁその程度なら……?」
顔を見合わせた二人が小さく頷き、俺に向き合う。どうやら教えてくれるらしい。
「各階層に休憩できる場所はあるわ。ただ、使えるのは階層を突破した後だけ。食料とかはそこで補給して。途中で助けたりはしない」
「分かった」
小さく頷いた白雪は、「ヒントはもう終わり。あとは巻物に従って」とだけ告げると、話は終わりとばかりに立ち上がった。
いよいよか……。
俺も腰を浮かしかけたときだった。不思議そうな白夜の声に俺は動きを止めた。
「それなに?」
白夜が俺の指先を追うと、俺の右肩に行き着いた。そこには、光を失ったカメラが転移前と変わらない状態で付いていた。
「これ? これは配信用のカメラ。もう使わないし外しとくか」
「配信用?」
二人は配信を知らないのか、不思議そうな顔で首を傾げている。
「そう。ダンジョンに潜るときにその様子を皆に見てもらうんだよ。俺は式神使いが弱くないっていうのを見せるためにしてたんだけど──」
ここじゃ無理そうだよな。
電源を押してみても、うんともすんとも言わないカメラを見てリュックに仕舞い込む。そんな俺を他所に、二人はなにやら考え込んでいた。
「ふーん」
「配信……ね……」
配信という言葉は、思った以上に二人の興味を惹いたらしい。こそこそと囁き合っていたかと思うと、シャン──という鈴の音とともに白夜が消えた。
「……白夜は?」
「ちょっとね。すぐ戻るわ」
「そっか」
長椅子に腰掛けた白雪に視線だけで示されて、俺は再び長椅子に腰掛けた。
どちらも口を開かないなんとも言えない無音の空間が広がる。
「蒼真はいくつ?」
「俺?俺は18」
「そう。まだまだこれからね」
穏やかな声を漏らした白雪の顔には、微かな笑みが浮かんでいた。その笑みに、初めて柔らかな空気を感じた。
「頑張って」
「ん?」
「あなたは一番、好感が持てるわ」
にこりと笑った顔に思わず見惚れた。
「ん、帰ってきたわね」
白雪が視線を宙に彷徨わせる。
釣られて視線を向けると、シャン──という鈴の音とともに白夜が姿を現した。
「配信、していいって」
ニヤリと笑った白夜がピースサインをして言い放つ。「ふーん」と興味なさげに言った白雪の尻尾は、大きく揺れていた。
俺は、このとき理解していなかった。
神選定の配信──
それは、世界そのものを揺るがす、大きなうねりへと変わっていく。
その渦中にいることを。




