第十一話 覚悟
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「せっかくだからお団子でも食べる?」
「食べにくいわよ?」
「化ければいいじゃん」
「それもそうね」
呆然とした俺を置き去りにしたまま、二匹は話を進めていく。
「──化けるか」
そんな言葉が耳に届き、思わず目を見張る。
次の瞬間。
ぼんっ。
軽快な音とともに二匹の白狐が白い煙に包まれ、その姿がふっと掻き消えた。
ゆらゆらと煙が揺れ、ゆっくりと晴れていく。
そこに立っていたのは、六歳ほどの男の子と女の子だった。
真っ白な着物を身にまとい、雪のように白い髪を揺らしている。小さな身体にはまだ幼さが残るものの、二人の腰からはふさふさとした白い狐の尻尾が覗き、つぶらな瞳がじっと俺を見つめていた。
「何見てんの?」
白夜と同じ声で男の子が喋った。
「あ、いや……」
「早く座りなよ?」
立ち尽くしていた俺を置いて、二人はさっさと長椅子に腰掛ける。
「あなたも食べる?」
気づけば、二人の手の中には、いつのまにか三色団子が握られていた。
白雪が静かな声で問いかけてきた。
困惑していると、「食べないと死ぬよ? もうここから出られないしね」とがケラケラと笑う。
——出られない?
突然放られた爆弾に、頭の理解が追いつかない。
出れないとはどういうことだ? ここはダンジョンじゃないのか? ダンジョンであれば、階層ごとに外に出ることはできるはず……。
そのとき、真っ赤な鳥居が目に飛び込んだ。吸い込まれる直前に聞こえた言葉が蘇る。
「汝、選ばれたし……」
ぽつりと俺が呟いた言葉を白夜が拾った。
「選ばれたねぇ? 本当に?」
「どういう意味だ?」
「普通すぎるんだよね。そういえば、名前は?」
「安倍 蒼真です」
問われるがままに答えると、白夜が小さく首を傾げた。
「"そうま"ね。ふーん。そこはちょっと似てる?」
「似てる?何にですか?」
「教えなーい」
そう言った白夜がプイッとそっぽを向いてしまった。気まぐれな狐である。
「はい、これ」
そんな白夜を他所に、白雪が再び団子を差し出しながら視線で長椅子を示した。座れと言うことらしい。
俺は団子を素直に受け取り、二人が座っている向かい側の長椅子に腰掛けた。
艶々とした三色団子は、とても美味しそうで。
恐る恐る齧ると、もちもちとした食感とほどよい甘みが口いっぱいに広がった。思わず頬が緩んでしまうほど美味しい。
優しい甘みは、張り詰めた心に少しだけ安らぎを与えてくれた。
「それにしても、蒼真は普通ですね」
「……普通?」
「そう、普通。今まで来た人はもっと偉そうでガツガツしてた。その点、蒼真は好感が持てるかな」
「前にもここに来た人が?」
俺が問いかけると、
「当たり前じゃん、話進まないな。あーもう。一回説明させて」
と白夜が言った。少し苛立ってしまったようだ。座り直した白夜に俺も姿勢を正した。
「ここは妖ダンジョン。神の試練を受ける場。日本各地にある入り口から資格があるものが入れる。ここまでオッケー?」
「……はい」
つい反射で頷いてしまったが、分からないことが多すぎた。今聞かなくては——とすぐに口を開いた。
「神……ですか?」
「それはあとでね」
意外にも聞いたことには答えてくれるつもりらしい。それなら、と俺は質問を続けた。
「それじゃあ、資格とは?」
「ん? 資格は力。ダンジョンで鍛えた力を試すんだけど、蒼真の場合はなんか違う力を使ったみたいだね」
その言葉に転移する前に扉に手を付けた瞬間、勢いよく吸われたことが蘇る。あれは試練だったらしい。いつのまにか俺は試練に挑んでいたようだ。
「ちなみに合格ラインは?」
「そんなの自分が分かってるんじゃない? 吸われて生き残ったら合格」
「……不合格だったら?」
「扉に吸い込まれて終わり。試練を受けるんだもん。当然でしょ?」
「……はい?」
当たり前のように言い放った白夜の言葉に冷たいものがスーッと背筋を流れた。
そんなことは聞いていない。そうであるならば、事前に教えて欲しかった。
「ちゃんと各地にある扉には注意書き書いてるし。読まない方が悪くない?」
……注意書き。あれか?
扉に書かれていた謎の文字を思い出す。あれは試練の注意書きだったらしい。読めるわけがない。
「せっかくダンジョンで鍛えれるようにしてあげたのにさ。蒼真の場合は自前でやったみたいね? その点は褒めてやってもいいかな?」
……ダンジョンって神の選定試験のためにあったということか? つまり、神を選ぶためにダンジョンは出現した……?
しかも、これまでの話を統合すると俺の前には何人もの突破者がいるにはいたらしい。
だが、今まで何も話題になっていないところを見ると、彼らは全員死んでしまったのかもしれない。……試練を潜り抜けられずに。
口の中の水分が急激に失われていく。唇が渇き、喉が水を欲した。
ブレスレットの中にいる風華と雷華に縋りたくなる。誰でもいいから隣に居て欲しい。
——死ぬも知れない。
ダンジョンに潜る時にしたはずの覚悟は、実にペラペラなものだった。いざ突きつけられると、簡単に崩れ去ってしまうほどに。
そのとき、ガサガサと布が擦れる音がして意識が引き戻される。
視線を上げると、白夜がガサガサと何やら着物の内側に手を入れて何か探していた。
やがてそれを見つけた白夜は、おもむろに巻紙を引っ張り出した。
呆然と見つめる俺の前で、巻紙がシュルシュルと音を立てて広がっていく。
コホン、と白夜が咳払いをした。
「これより、選定の儀の心得を読み上げる」
可愛らしかった少し高めの声は一段低くなり、声に力が込められたようビリビリと身体の表面に何かが走った。
その感覚に身が引き締まる。
聞き逃すわけにはいかない、そんな直感が確かにあった。
俺の背筋がピンと伸びたのをチラリと見た白夜の口元がわずかに緩んだ。だが、その口元もすぐに引き締められ、感情の読めない表情へと変化する。
「それでは、読み上げます」
「……お願いします」
場に静寂が満ちる。
自分の鼓動さえ聞こえてしまいそうな静けさに、俺は息をすることすら忘れた。
そんな中、ただ一人。何事もないように三色団子を頬張っている白雪だけが、傍観者のように静かに腰掛けていた。
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