表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リミッター・ハイ  作者: あめたす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/96

第71話:星海の怪物

第71話:星海の怪物


 突き抜けるような、暴力的な夏の青空。

 横浜スタジアムは、超満員の観衆が発する熱気で、完全に景色が歪んでいた。

 グラウンドのアンツーカーの茶色が、太陽に炙られて白く霞む。


 神奈川大会、決勝戦。

 一塁側ベンチ、聖隷高校。

 三塁側ベンチ、星海大附属高校。

 プレイボールのサイレンが、スタジアムのすり鉢状の空間に木霊する。


 1回表。聖隷の攻撃。

 星海大の先発投手が、マウンドの土をスパイクで深く抉った。


 背番号1。神崎。

 プロ注目の右腕。絶対王者・星海の象徴。

 身長188センチの屈強な体躯から放たれる威圧感は、かつての豊田零司のそれと完全に重なっていた。


 ザッ。

 ザッ。

 神崎が投球練習でステップを踏むたび、マウンドの土が重く沈み込む。

 一条湊は、ベンチから、その重心の移動を冷徹にデッサンしていた。

 右足の蹴り出し。左肩の開き。リリースポイント。

 無駄がない。

 一切のノイズを削ぎ落とした、純粋な「武」の結晶。


 パァァァァン!!

 投球練習のラスト一球。

 捕手のミットが鳴らした爆音に、スタジアム全体がどよめいた。

 バックスクリーンの球速表示が、『155km/h』という数字を無機質に光らせる。


「……バケモノめ」


 ベンチの最前列で、黒田一が低く唸った。

 豊田という150キロの剛腕の球を3年間受け続けてきた黒田でさえ、神崎の球威には明らかな異次元の質量を感じ取っていた。

 神崎の目は、味方のベンチも、守備陣も見ていなかった。

 キャッチャーのサインすら、わずかに首を振って自分の投げたい球を選ぶ。


 「俺が三振を取れば勝てる」。


 圧倒的な自己完結。

 それは、湊がこの夏に完全に破壊したはずの、あの「傲慢なリミッター」の究極形だった。


 1番打者。飛鳥斗真。

 エリア・ゴッドと呼ばれる天才が、バッターボックスに入る。

 神崎は、セットポジションから一切の表情を変えずに腕を振った。

 スローモーション。

 放たれた155キロの直球。

 湊の観察眼をもってしても、その球には「ズレ」を生じさせるような物理的な隙が全く見当たらなかった。

 完璧な回転軸。重力に逆らう圧倒的なスピン量。

 飛鳥のバットが空を切る。

 ボールは、スイングの遥か上を通過していた。


「ストライク!」


 3球三振。

 続く2番、桐生。3番、熊田。

 聖隷が誇る上位打線が、神崎の暴力的なスピードと重い球質の前に、手も足も出ずに連続三振に倒れる。

 スイングの軌道が、ボールの質量に完全に押し負けているのだ。

 圧倒的な力による、一方的な制圧。

 星海大のベンチが、王者としての余裕の歓声を上げる。


 1回裏。

 スコアボードの「0」が、冷たく聖隷ベンチを見下ろしている。

 静まり返るベンチの奥で。

 エース、豊田零司がゆっくりと立ち上がった。

 右肘には、ユニフォームの下に分厚いテーピングが幾重にも巻かれている。

 昨夜の大量の痛み止め。

 結城陽葵が弾き出した、「限界イニング数は3回」という残酷なデータ。

 豊田は、無言のままグラブを手に取った。

 王の顔に、かつての傲慢さはない。

 あるのは、己の腕を担保にしてでも玉座を守り抜くという、凄絶なまでの覚悟だけだった。


「豊田さん」 


 マウンドへ向かおうとする豊田の背中に、湊が声をかけた。

 豊田は立ち止まるが、振り返らない。 


「神崎のフォーム。……完璧に見えますが、踏み込みの左足の爪先が、リリース直前にほんの数ミリだけ開きます。アウトコースのコントロールが、数センチ甘くなるはずです」


「……」


「僕は、ベンチからそのズレを完全にデッサンします。だから」


 湊の言葉に、豊田は小さく鼻で笑った。

 それは、後輩の理屈を嘲笑うものではない。

 互いの狂気を認め合った、共犯者の笑みだった。


「小賢しい理屈だ。……だが、悪くねえ」


 豊田は、そのままグラウンドへと歩み出た。

 夏の太陽が、王の背中を強烈に照らし出す。


 死を覚悟した王の戦いが。

 今、静かに幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ