表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リミッター・ハイ  作者: あめたす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/90

第69話:青い炎の継承

第69話:青い炎の継承


 球場は、夜の帳に包まれていた。

 水銀灯の冷たい光が、人工芝の緑とアンツーカーの茶色を人工的に照らし出す。

 熱気で景色がぐにゃりと歪む。


 9回裏。

 スコアは2-1。

 聖隷の1点リード。

 一条湊は、マウンドの土を踏みしめた。

 ユニフォームの白は、血と泥で黒く濁っている。


 打席には、相模大附属の4番打者。

 ザッ。

 ザッ。

 相模大の打者が、スパイクで土を掘る音。

 それが、湊の耳元で、自らの心臓の鼓動のように不気味に響く。

 だが。

 湊の視界にはもう、かつてのような恐怖は存在しなかった。

 父の呪縛に対する怒りの「赤」もない。

 透き通るような、氷のように冷たい深青。

 感情を完全に殺し、意思のみで肉体を統制する「青い炎」の領域だった。

 湊の目が、すうっと細められる。

 美術部で培った観察眼。

 打者の重心を、脳内のキャンバスにデッサンする。

 右足の踵への体重のかかり方。

 骨盤のわずかな傾き。

 肩の開き。

 パワーに頼る豪快型(黄)。

 彼らの暴力的なフルスイングを、無効化するための座標を探る。


 湊は、ロージンバッグを手に取った。

 右手の裂けたマメに、白い粉が食い込む。

 激痛が、脳の奥底まで突き抜ける。

 だが、湊はその痛みを「苦痛」としては処理しない。

 痛覚という名の、超高精度のセンサー。

 縫い目がマメの傷口に深く食い込むほど、回転軸は正確な縦回転を生み出す。

 痛みの強さが、リリース角度の「数値」として脳裏に刻まれた。

 セットポジション。

 左足を高く上げる。

 ティム・リンスカムの跳躍。

 限界を超えた大腿部が悲鳴を上げる。

 だが、圧倒的な「意思」が、筋肉の細胞一つ一つに絶対の命令を下す。

 コンマ5秒の静止。

 狂わされたリズム。

 そして。

 痛みを座標にした、完璧なリリース。

 指先の傷口が、ボールの牛革を無慈悲に削り取る。

 ここから、わずか1秒足らずの時間が始まる。

 スローモーション。

 白球が、湊の指先から放たれる。

 122キロ。2400rpm。


 相模大の4番の、すべてを粉砕せんとするフルスイング。

 だが、湊の「青い炎」は、彼らのパワーも直感もすべて無効化する。

 白球は、打者の手元で重力を完全に拒絶した。

 浮き上がる軌道。

 銀色のバットが、ボールの遥か下を虚しく通過する。


 スカッ。

 パァァァァン!!


 圧倒的な無音の空間を切り裂く、佐伯誠二のミットの爆音。

 現実のスピードが、一気に戻る。


「ストライク!」


 空振り三振。

 続く5番打者。

 湊は再びキャンバスに向かう。

 デッサン。

 ミリ単位のフォーム調整。

 今度は、中指と薬指で深くボールを挟み込む。

 激痛のセンサーが、ボールを斜め下へと消失させる完璧な摩擦係数を導き出す。

 80キロの『バルカンチェンジ』。

 打者の視線が下に釘付けにされ、体勢が完全に崩れる。

 膝が、グラウンドの土に崩れ落ちる。


 パァァン。


 二者連続三振。

 スタジアムが、異様な熱気に包まれる。

 ベンチでは、蔵敷や猿渡が泥さ顔で身を乗り出している。

 体を張り、顔面で打球を止めた野手たちの泥臭い「熱さ」。

 そして、マウンド上で一切の表情を変えず、淡々と空間を支配する湊の「冷たい狂気」。

 両極端な温度が、今の聖隷を一つに結びつけていた。


 最後の打者。

 湊の前腕の筋肉は岩のように硬直している。

 それでも、痛みが確かな座標を指し示す。

 放たれた最後の直球。

 圧倒的なスピン量が、夜空の深青と同化する。

 打者のバットが空を切り、三度目の爆音が球場に響き渡った。


「ゲームセット!!」


 聖隷高校、決勝進出。

 マウンドに、泥だらけの野手陣が殺到する。

 歓喜の輪。

 叫び声。

 だが。

 その熱狂から遠く離れた、最も暗いベンチの奥。

 エース、豊田零司は。

 一人、腕を組んだまま、静かに目を閉じていた。

 150キロの剛腕で支配した、己の「ワンマンチーム」の完全なる死。

 そして。

 異端のパレットと、極限の青い炎が融合した「狂気と知略の新生チーム」の完成。

 旧秩序の王自らが、静かにそれを悟った夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ