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EP 7

「三国間オークションと、執事リバロンの盤外戦術。〜大国の財布が壊れる日〜」

 ポポロ村の集会所。

 普段は農家たちが野菜の品評会に使っている質素な木造の建物だが、今日ばかりは異様な熱気とピリついた緊張感に包まれていた。

 円卓を囲むのは、三大国から派遣された特使たち。

 ルナミス帝国からは、軍服を隙なく着込んだ冷酷な兵站将校。

 レオンハート獣人王国からは、毛皮を纏った粗暴な獅子獣人の将軍。

 アバロン魔皇国からは、顔の下半分をベールで隠した高慢な宮廷魔導士。

「……ふん。こんなド田舎のボロ小屋に大国の代表を集めるとは。ゴルド商会も焼きが回ったな」

 ルナミスの兵站将校が、不快げに鼻を鳴らした。

「全くだ! 我らが王に相応しい肉料理と聞いて足を運んだが、ただのペテンではないだろうな!」

 獅子の将軍がテーブルをドンと叩く。

 使者たちは互いを牽制しつつも、ポポロ村という場を完全に見下していた。

 だが、彼らのその高慢さは、次の瞬間に粉々に打ち砕かれることになる。

「――皆様、遠路遥々ようこそお越しくださいました。粗茶ですが、どうぞ」

 スッ、と音もなく使者たちの背後に忍び寄ったリバロンが、流れるような所作でティーカップを各々の前に置いた。

「なんだ、この黒い泥水は……んっ!?」

 文句を言おうとした宮廷魔導士が、カップから立ち上る香りに絶句した。

「こ、これは……なんという深み! 我が国の王室専用茶葉『スター・リーフ』すら凌駕する、強烈な覚醒作用と芳醇な香り! これほどの代物を、ウェルカムドリンクとして出すだと……!?」

(※ただの通販で買った1瓶880円のインスタントコーヒーである)

「うめぇぇッ! なんだこの黒い汁は! 獣の血より力が湧いてきやがる!」

 獅子の将軍が一気飲みして目を剥いている。

 リバロンは完璧な執事の笑みを崩さず、静かに一礼した。

「お口に合って何よりです。……ああ、申し訳ありません。少々『外』が騒がしいですね。すぐに静かにさせます」

 リバロンがパチンと指を鳴らす。

 すると、集会所の外から凄まじい轟音が響き渡った。

『【月影流・天魔竜・絶衝破】ォォォッ!!』

『ギャオォォォォォンッ!!』

 使者たちが慌てて窓の外を見ると、ポポロ村に迷い込んだと思われる『Aランク指定の巨大魔獣ベヒモス』が、一人の紅蓮の戦乙女ダイヤの手によって、文字通り「一刀両断」にされていた。

 さらにその上空では、竜人の青年イグニスが、燃え盛る大火炎を吐いてベヒモスの残骸を一瞬で炭に変えている。

「な……っ!? ま、幻の天魔竜聖剣!? なぜあんな国宝級の武器を持った戦乙女が、こんな辺境の用心棒を……!?」

「それにあの竜人! あの規模の火炎ブレスは、竜王クラスでなければ吐けんぞ!」

 ルナミスの将校とアバロンの魔導士が、ガタガタと震え出した。

 圧倒的な「文化レベル(コーヒー)」と「武力ダイヤ・イグニス」。

 ド田舎だと思っていたポポロ村は、彼らの常識を遥かに超える『超絶危険地帯』だと、本能で理解させられたのだ。

「……お待たせいたしました。それでは、オークションを開始します」

 俺は、圧倒されて声も出ない使者たちの前に歩み出た。

 その隣には、黄金の算盤を手にしたニャングルが、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべて控えている。

「本日の出品は一つ。この『ポポロ・ランチ(PRO型)』の【三年間・独占専売権】だ。……味と効果は、すでに各国の諜報部が確認済みだろう?」

 俺がテーブルの上の銀色のパッケージを指差すと、使者たちの目の色が変わった。

「まずは、スタート価格からや。……金貨1万枚(約1億円)」

 ニャングルの提示した開始価格に、会場がどよめく。

「ふざけるな! たかがレーションの専売権に、金貨1万枚だと!?」

 ルナミスの将校が怒鳴りつける。

「ほう? ルナミス帝国軍は、その程度の予算も出せない貧乏所帯なのか?」

 俺が鼻で笑うと、将校の顔が真っ赤に染まった。

「……金貨2万枚! 我がアバロンが買い取ろう。あの真空保存の技術は、魔法研究の歴史を塗り替える!」

 宮廷魔導士がいち早く札を上げた。

「待て! 我が獣人軍団の兵站にこそふさわしい! 金貨3万枚だ!」

 獅子の将軍が吠える。

「……金貨5万枚だ! ルナミス帝国軍を舐めるな!」

 将校が血走った目で叫び返した。

 ニャングルの仕込んだ「他国への対抗心(FOMO)」が完全に火を吹いている。

 彼らはもう、「ポポロ・ランチの価値」で競っているのではない。「他国に負けることの恐怖」で競っているのだ。

「金貨7万枚!」

「金貨10万枚だ!!」

 価格は青天井で吊り上がっていく。

 しかし、金貨10万枚(約10億円)を超えたあたりで、使者たちの額に冷や汗が浮かび始めた。さすがの大国でも、これ以上の予算オーバーは本国の決裁が必要になるラインだ。

「……金貨12万枚。これが我が国の限界だ」

 ルナミスの将校が、ギリッと歯を食いしばって宣言した。

 アバロンとレオンハートの使者も、悔しそうに沈黙する。

 ……ここまでか。十分すぎる額だが、もう一押し欲しいところだ。

「あら〜? 皆さん、もうお金ないんですか〜?」

 その時。

 集会所の扉が開き、フリフリのドレスを着たエルフの少女――ルナ・シンフォニアが、のんびりとした足取りで入ってきた。

「ちょっとルナちゃん!? 今大事な商談中なんだから入ってきちゃ……」

 キャルルが止めようとするが、遅かった。

「お金が足りないなら、私が貸してあげましょうか〜? 世界樹様からのお小遣い、まだいっぱいあるんですよ〜♪」

 ドゴォォォォンッ!!

 ルナが、何気ない動作で「布袋」をテーブルの上に置いた……いや、叩きつけた。

 円卓の分厚い天板が真っ二つにへし折れ、袋の口から、眩いばかりの『純金のインゴット』がザラザラとこぼれ落ちた。

「「「…………は?」」」

 使者たちの思考が、完全に停止した。

 目の前にあるのは、国家予算すら軽く凌駕する「純金100キロ」の山。それを、ただのエルフの小娘が「お小遣い」と呼んで無造作に放り投げたのだ。

「ほらほら、遠慮しないでくださいね〜♪ あ、でも返してくれなかったら、国境の森を火炎竜でちょっとだけ燃やしちゃいますけど〜♪」

 ルナが、純真無垢な(そして一切の悪意のない)笑顔で首を傾げる。

 ルナミス、レオンハート、アバロン。

 三大国の使者たちは、理解した。

 このポポロ村には、「異常な文化」「異常な武力」だけでなく……一国を経済崩壊させられるほどの『異常な財力』まで眠っているのだと。

 こんな連中を敵に回せば、国が滅ぶ。

「……き、金貨15万枚!! 即金で払う! いや、払わせてください!!」

 ルナミスの将校が、泣きそうな顔で土下座しながら叫んだ。

「お、おい! 我が国にも卸してくれ! 金貨15万枚、いや、追加で王家の宝物庫の鍵も渡す!!」

「アバロンもだ! 金貨15万枚と、魔導書の利権を……!!」

 パニックに陥った使者たちが、争うように「契約書」にサインを求めて俺にすがりついてくる。

「……ニャングル。独占専売って言ったが、予定変更だ。三国とも『同額(金貨15万枚)』で、均等に卸してやれ」

「くっくく……! 悪魔や! カナタ、あんたホンマに血も涙もない悪魔やで!」

 ニャングルが、腹を抱えて笑いながら三枚の契約書を用意した。

 こうして、ポポロ村の初となる「特大の商戦」は、金貨45万枚(約45億円)という天文学的な利益と、三大国からの絶対的な不可侵条約(恐怖)をもぎ取り、完全勝利で幕を閉じたのである。

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