EP 5
「T-Tuber天使の来訪と、インフルエンサー・マーケティング」
「生産ラインと防衛力は完璧です。しかしカナタ様……大国相手に価格交渉の主導権を握るには、『ブランド力』が圧倒的に不足しています」
ボロ家のオフィスで、リバロンが手元の資料をめくりながら課題を指摘した。
「ニャングル殿のルートで軍に卸すのも手ですが、それだと『問屋の言い値』になりかねません。三国の方から『いくらでも出すから売ってくれ』と懇願させるための、特大の広告塔が必要です」
「ああ、分かってる。問題はどうやってこの田舎村の商品の噂を……」
ドバァァァンッ!!
俺が答えようとした瞬間、ダクトテープで補強したはずの木扉が木っ端微塵に吹き飛んだ。
土煙の中から、煌びやかなアイドル衣装を着た、背中に白い翼を持つ少女が転がり込んでくる。
「ひぃぃぃっ! だ、誰か! 可愛い天使を匿ってくださーい!!」
少女は頭を抱えて部屋の隅にうずくまった。
その後ろの村の通りから、ガラの悪いヤカラ(武装した男たち)が数人、血走った目で追いかけてくるのが見えた。
「待ちやがれこの悪徳配信者! 俺の貢いだ全財産を返せ!!」
「今日こそそのカメラをぶっ壊してやる!!」
「……リバロン。客か?」
「いえ。アポなしの厄介事のようです」
俺はため息をつき、窓の外の庭に向かって声を張った。
「ダイヤ! イグニス! まかない飯を食い終わったなら、さっさと仕事しろ!!」
『任せなさい!!』
『オゥルルルァァァァッ!!』
ドンッ! と庭から跳躍してきた紅蓮の戦乙女と竜人が、ヤカラたちの前に着地した。
「正義の御旗のもと、私の至高のおでんタイムを邪魔する悪党は許さないわ! 【月影流・トンファー乱れ打ち】(※キャルル村長直伝)!!」
「俺様の安らぎの時間を邪魔すんじゃねえ! 【イグニス・大火炎(威嚇用)】!!」
ボガァァァンッ!!
凄まじい闘気と火炎の爆発。ヤカラたちは一瞬にして黒焦げになり、「ぎゃあぁぁぁ!」と悲鳴を上げて地平線の彼方へ逃げ去っていった。
給料の力でモチベーションがMAXになったSランク戦力、恐るべしである。
「ふ、ふぅ〜! 助かりましたぁ!」
ヤカラが逃げたのを確認すると、天使の少女はパッと立ち上がり、宙に浮遊している『ドローン型魔導カメラ』に向かってウインクとピースを決めた。
「はい、みんな見てくれた!? 今、謎の超強力の用心棒さんたちに助けられちゃいましたぁ! アンチの襲撃も跳ね返す、キュララの強運にスパチャよろしくねっ☆ チャンネル登録も忘れずに!」
カメラに向かってまくし立てる少女。
その声を聞いて、奥のキッチンから『パンの耳(おでん汁浸し)』を齧っていたリーザが飛び出してきた。
「あーーーーっ!? あんたは、私の太客をデリバリー(R-Eats)の奢りで根こそぎ奪った泥棒天使!! なんでここにいるのよ!!」
「あれぇ? どこかで見たことあると思ったら、底辺地下アイドルちゃんじゃない! まだ公園の雑草食べて生きてたのぉ?」
リーザと天使の間に、バチバチと青白い火花が散る。
「リーザ、知り合いか?」
「知り合いも何も、こいつはルナミス帝国で一番人気のT-Tuber、キュララよ! 無駄に派手な演出とあざとさで、リスナーの財布をスッカラカンにする悪魔よ!」
キュララ。ルナミスで大ブレイク中のトップ配信者。
聞けば、過激な『大食い企画(裏でリーザに食べさせていたヤラセ)』や、リスナーに貢がせすぎる炎上スレスレの配信が原因で、一部の過激派アンチから追われ、この緩衝地帯まで逃げてきたらしい。
「というわけで、しばらくここに匿ってください! あ、私のお食事はリスナーさんがデリバリーしてくれるんで、お構いなくぅ〜♪」
キュララが舌を出してテヘペロする。
俺とリバロンは、ゆっくりと顔を見合わせた。
そして、お互いに『極悪な笑み』を浮かべた。
……探していた『特大の広告塔』が、向こうから飛び込んできたのだ。
「匿ってやる。ただし、条件がある」
俺は、出来立ての『ポポロ・ランチ』の銀色パッケージを、キュララの目の前にドンッと置いた。
「お前のその『影響力』を使って、俺たちの商品を配信で宣伝しろ。見返りに、うちのSランク級の用心棒がお前をアンチから24時間守ってやる」
「えっ? 企業案件ですか!? ギャラはいくら出ますか!?」
「『命の保証』だ」
「ブラックすぎるぅぅ!!」
泣き叫ぶキュララだったが、外でダイヤが天魔竜聖剣を素振りしているのを見て、大人しく頷いた。
◇
数十分後。ボロ家のオフィスから、大陸中へ向けた『生配信』がスタートした。
『はいどーも! キュララです! 今日はね、逃亡先の隠れ家で、超ヤバい秘密の軍用レーションを見つけちゃいました!』
キュララはカメラの前で、ポポロ・ランチのヒモを引いた。
シューッ! と蒸気が上がり、パッケージが開かれると、肉椎茸と濃厚な出汁の香りが画面越しに伝わるようなリアクションをとる。
『案件じゃないですよ? ガチでたまたま見つけたんですけど……いただきまーす! ……んんんんまぁぁぁぁい!! なにこれ、大根がトロトロ! 帝国軍のMREなんかより100倍美味しい!』
キュララが至福の表情で肉椎茸を頬張る。
その瞬間、ドローンカメラの空中に投影されたコメント欄が、凄まじい勢いで滝のように流れ始めた。
【うおおお美味そう! どこで買えるの!?】
【あの味にうるさいキュララが絶賛してるだと!?】
【パッケージに『ポポロ村』って書いてあるぞ!】
【俺、ルナミス軍の兵站将校だけど、今すぐ部隊に配備したい! 特定班急げ!】
スパチャが乱れ飛び、同時接続数は数十万人を超えていた。
「……恐ろしいですね。これが現代の『インフルエンサー・マーケティング』ですか」
リバロンが、コメントの滝を見上げながら眼鏡を押し上げる。
「ええ。テレビや新聞の広告より、自分が推している配信者の『リアルな感想(という体裁)』の方が、大衆の購買意欲を何倍も刺激します」
「ギリィィィィィッ……私の歌バフで作ったおでんなのにぃ……あの泥棒猫……っ!」
部屋の隅では、リーザがハンカチを噛んで悔し涙を流している。
「よし。これで大陸中の視聴者、ひいては三国の上層部に『ポポロ村の極上レーション』が刷り込まれた」
俺は、スマホの『ルチアナ・カード』の残枠を確認しつつ、不敵に笑った。
種は蒔いた。あとは、匂いに釣られてやってくる大国たちを、互いに競り合わせて(オークション)、最高値で売り抜けるだけだ。




