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EP 4

「初めての街と、ボッタクリ査定。〜泥水呼ばわりされた黄金のタレ〜」

 半日の徒歩移動を経て、俺たちはルナミス帝国との国境に位置する辺境の商業都市へ辿り着いた。

 石造りの頑丈な城壁に、行き交う馬車や商人たち。ファンタジーらしい活気にあふれた街だが、今の俺たちには景色を楽しむ余裕などない。

「はぁ、はぁ……ボスぅ、足が棒のようですぅ。もう一歩も動けません……」

 ピンク色のジャージを泥だらけにしたリリスが、街の入り口でへたり込む。

 俺もスラックスとシャツがボロボロで、はたから見れば完全に「魔獣に襲われて逃げてきた哀れな難民」だ。

「泣き言を言うな。マグローザ漁船で一日中カニを剥く労働に比べたら、散歩みたいなもんだろ」

 俺はリリスの首根っこを掴んで立たせ、街の中心にある『商業ギルド』の扉を叩いた。

 ギルド内は、依頼を求める冒険者や、荷物を運ぶ商人たちでごった返していた。

 俺たちは買取カウンターへ向かい、受付の恰幅の良い査定係の男に、道中で狩ってきたホーン・ラビットの毛皮と肉、そして例の「焼肉のタレ」が入った小瓶を差し出した。

「買取を頼む。それと、この『特別な調味料』の査定もな」

 査定係の男は、俺たちのボロボロの身なりを値踏みするようにジロジロと見た後、鼻で笑った。

「なんだ、難民の小遣い稼ぎか? ホーン・ラビットの毛皮と肉なんて、ありふれてる。全部合わせて『銅貨5枚』だな」

「……銅貨5枚? それは日本円、いや、この世界のレートでいくらだ?」

「はぁ? 銅貨1枚でパンが1個買える。日本円ってのは知らんが、だいたい500エール(500円)ってとこだな」

 俺は内心で舌打ちをした。

 ルチアナの借金は90万円。つまり金貨90枚(銅貨なら9000枚)だ。ウサギの肉を売るだけじゃ、一生かかっても返しきれない。

「じゃあ、こっちの調味料はどうだ? これを一滴肉に垂らすだけで、どんな安い肉でも王侯貴族の晩餐に変わるぜ」

 俺が焼肉のタレの瓶を前に出すと、査定係は胡散臭そうに小瓶を持ち上げ、中身を嗅いだ。

「くっさ! なんだこの泥水は!? ニンニクと……なんだか分からん臭い匂いが混ざってるじゃないか。こんなゴブリンの泥水みたいなもん、金になるか! とっとと持ち帰れ、ウサギも銅貨3枚に減額するぞ!」

 ドンッ、と小瓶を乱暴に突き返される。

 周囲にいた冒険者たちも、「おい見ろよ、あの貧乏人、泥水を売ろうとしてるぜ」「ハハハ!」と嘲笑の声を上げた。

「あ、あ、ああああの『黄金のドロドロ』を泥水ですってぇ!? この節穴! 神の舌を持つ私が感動した至高のタレをバカにするなんて、天罰を下しますよ!」

 リリスが顔を真っ赤にして怒り狂い、エンジェルすまーとふぉんの角で査定係を殴ろうとするのを、俺は片手で制止した。

「やめとけ、リリス。……無理もないさ。見たこともない黒い液体を、いきなり『美味いから高値で買え』ってのは、商売の基本から外れてる」

 俺は全く怒っていなかった。むしろ、好都合ですらあった。

 この世界の連中は、まだこの「暴力的な旨味」を知らない。なら、教えてやればいいだけだ。

「査定係のおっさん。ウサギの買取はキャンセルだ。肉は返してもらう」

「ふん、強がりを。どこへ行ってもそんな泥水、買い取ってくれる所なんかないぞ」

「買い取ってもらうんじゃない。……『欲しくてたまらなくさせてやる』んだよ」

 俺はウサギの肉とタレを回収し、ギルドに併設されている「酒場」のエリアへと足を踏み入れた。

 そこでは、仕事あがりの冒険者たちが、塩ゆでしただけの味気ない豆や、硬い干し肉を不味そうに齧りながらエール(麦酒)を飲んでいた。

「……リリス、ライター出せ」

「ひゃいっ!」

 俺は酒場の隅にある、客が自由に使える共用の囲炉裏(焼き台)を陣取り、強火で火を熾した。

 そこに、ウサギの肉を分厚く切って乗せる。

「おいおい、難民が酒場で自炊かよ?」

「金がないなら外でやれよな」

 冒険者たちの冷ややかな視線が突き刺さる。

 だが、肉の表面が白く焼け、そこに俺が『焼肉のタレ』を回しかけた瞬間。

 ――ジュワァァァァァァァァァッ!!!

 焦げるニンニク。弾ける醤油とゴマの香り。リンゴとハチミツの甘い匂い。

 強烈すぎる『現代のメシテロ臭』が、熱気と共にギルドの酒場全体に一瞬で充満した。

「……ッ!?」

「な、なんだ!? なんだこの匂いは!!」

 酒場の空気が、完全に凍りついた。

 味気ない干し肉を噛んでいた冒険者たちの手が止まり、全員の視線が、俺の焼いている肉に釘付けになる。

 先ほど俺を鼻で笑っていた査定係の男すら、カウンターから身を乗り出して、ヨダレを垂らしそうな顔でこちらを凝視していた。

「さあ、見込みオーディエンスの皆様」

 俺は、黄金色に輝く肉の串を掲げ、酒場中に響き渡る声で言った。

「一口、食べてみたくないか?」

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