EP 3
「100円の塩胡椒と『黄金のタレ』が、女神の胃袋を破壊する」
草むらに入って数分。俺の目の前には、頭部に鋭い角を持つウサギの魔獣――『ホーン・ラビット』が三匹、こちらを警戒して睨みつけていた。
レベル1。身体能力は一般人。だが、俺には数多の戦場を潜り抜けてきた「敵の動きを読む目」がある。
「シュッ!!」
俺は通販で買った1,500円のサバイバルナイフを投擲……すると見せかけ、左手で掴んだ石を放り投げた。
ホーン・ラビットが石に気を取られた一瞬。俺は地面を蹴り、無防備な首筋にナイフを一閃させた。
「ギッ……!」
一撃。
前章の俺なら指先一つで消し飛ばしていた相手だが、今の俺にとっては、この一匹の肉が「生」に直結する重みを持っている。
◇
「ひゃああああっ! グロいですぅ、ボスの解体ショーは残酷すぎますぅぅ!」
拠点に戻り、手際よくウサギを捌く俺の横で、リリスが両手で目を覆いながら指の間からガン見していた。
「文句言うなら食わせないぞ。ほら、火の番しろ」
「あうぅ、やりますぅ……。でも、お肉だけ焼いても、パサパサで味気ないですよ? 天界の配給食の鶏肉なんて、味の薄い消しゴムみたいだったんですから」
リリスがぶつぶつと文句を言いながら、100円ライターで枯れ草に火を点ける。
確かに、ただ焼くだけじゃ能がない。俺は再びリリスのスマホを奪い取った。
「100円の塩胡椒だけでも十分だが……こいつに『最強のブースト』をかけるか」
検索:『焼肉のタレ 黄金 中辛』。
価格:298円。
【お支払い合計:298円】
【利用可能額(残枠):95,150円 → 94,852円】
ポチッとな。
空から再び小さな段ボールが降ってくる。中には、地球の家庭なら必ず一本は冷蔵庫にある、あの茶色の魔法の液体。
「……何ですか、その怪しいドロドロした瓶は?」
「これはな、『飯泥棒』という異名を持つ、日本が生んだ究極の錬金術だ」
俺は捌いたウサギの肉を枝に刺し、焚き火でじっくりと炙る。
まずは100円の塩胡椒をパラリと振る。それだけで、スパイスの香りが弾け、肉の獣臭さが消えて食欲をそそる匂いに変わる。
「くんくん……あれ? なんだかいい匂いがしてきましたよ?」
そして仕上げだ。肉がこんがりと焼き上がったところに、焼肉のタレをたっぷりと塗りたくる。
――ジュワァァァァァッ!!
火に滴るタレが焦げ、ニンニク、リンゴ、胡麻、そして醤油の香ばしい匂いが爆発的に広がる。草原の冷たい空気が、一瞬で「名店」の入り口のような香りに支配された。
「な、な、なんですかこの匂いはぁぁっ!? 脳が、脳が美味しいって叫んでますぅぅ!」
「いいから食え。ほら」
俺は焼き上がった肉を、リリスに差し出した。
リリスは熱さをこらえながら、ハフハフと肉にかぶりつく。
「あふっ……はふっ、んんんんんっ!?」
リリスの動きが止まった。
次の瞬間、彼女の大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「う、う、うまぁぁぁぁぁぁいっ!! なんですかこれ! お肉の脂と、この甘辛いドロドロが口の中でダンスしてます! 今まで私が食べてたのは、本当に食べ物だったんですかぁ!?」
「それは良かった。100円の塩胡椒と300円のタレ。合わせて400円の『現代知識』だ」
俺も自分のぶんの肉を口にする。
……あぁ、これだ。高級フレンチもいいが、サバイバルの空腹に一番効くのは、この「暴力的なまでの旨味」なんだよ。
「ボス! カナタボス! 私、一生ついていきますぅ! だからもっと、もっとあのドロドロをかけてくださいぃ!」
「調子に乗るな。タレ一滴だって金がかかってるんだぞ」
リリスは夢中でウサギの骨までしゃぶり尽くし、最後には満足げに腹を叩いて「ぷはぁ」とため息をついた。その姿は、高潔な女神とは程遠い、完全に餌付けされたポンコツそのものだった。
「さて、腹も膨れた。リリス、お前に聞きたい。この辺りで一番近い『街』はどこだ?」
「ええと……あっちに半日も歩けば、商業都市『ルナミス』の玄関口がありますけど……。でも、私たち一文無しですよ?」
「いや、俺たちの手元にはもう『最強の商品』があるだろ」
俺は残った焼肉のタレの瓶と、100円の塩胡椒を掲げた。
「この調味料を欲しがらない料理人はいない。こいつを元手に、まずは借金返済の軍資金を稼ぐ。……マグローザ漁船にドナドナされたくなければな」
「ひゃいっ!! 頑張りますぅ、お布施(金金金)稼ぎますぅぅ!!」
こうして、俺とポンコツ女神の「異世界・転売サバイバル」が、本格的に幕を開けた。
【現在の利用残高:905,148円】
【利用可能額(残枠):94,852円】
【次回お支払い日まで:あと13日】




