EP 5
「逆転の『試食会』と、怪しい商人の影」
「一口、食べてみたくないか?」
俺の声に、酒場は一瞬の静寂に包まれた。
ゴクリ、と誰かが生唾を飲み込む音がやけに大きく響く。
「……お、俺に食わせてみろ! 毒が入ってねえか確かめてやるよ!」
最初に名乗り出たのは、先ほどまで俺たちを「難民」と嘲笑っていた大柄な剣士だった。彼は強がってはいるが、その視線は完全に黄金色に輝く肉の串に釘付けになっている。
「いいぜ。ほらよ」
俺は焼き立ての串を一本、そいつに手渡した。
剣士は震える手で串を受け取り、恐る恐る、しかし我慢しきれないといった様子で肉に食らいついた。
その瞬間。
「……ッ!? な、なんだこれはぁぁぁぁっ!!!」
剣士は目を見開き、雷に打たれたように叫んだ。
「肉の旨味が……いや、違う! この外側の『甘辛いタレ』が肉の脂と絡み合って、噛むたびに口の中で爆発しやがる! エールだ! エールを持ってこい、酒が無限に飲めるぞおおお!!」
彼は狂ったように肉を貪り食い、ジョッキのエールを一気飲みして天を仰いだ。
「お、おいマジかよ!?」
「俺にも! 俺にも一本くれ!!」
「俺が先だ! 金なら払う!!」
剣士のリアクションを見た他の冒険者たちが、血走った目で俺の囲炉裏に殺到してきた。暴動寸前の熱狂だ。
カウンターの奥で青ざめている査定係の男を横目に、俺はニヤリと笑って立ち上がった。
「落ち着け、お前ら! 食いたいなら売ってやる。ただし……」
俺は、残り少なくなった『焼肉のタレ』の小瓶を掲げた。
「この『黄金のタレ』自体は売らない。売るのは、このタレで焼いた『ウサギ肉の串焼き』だけだ。……一本、『銀貨1枚』だ」
「銀貨1枚だと!?」
冒険者の一人が驚きの声を上げた。
無理もない。さっき査定係が「ウサギ一匹まるごとで銅貨5枚」と言ったのだ。その肉を一口サイズの串にしただけで、銅貨10枚分(銀貨1枚=約1000円)の値段をつけるのは、常識外れのボッタクリ価格だ。
「高いと思うなら買わなくていい。……だが、今日これを食わなきゃ、お前らは一生、この味を忘れられずに夜も眠れなくなるぜ?」
俺が再び網の上に肉を乗せ、タレをジュワッと焦がす。
その暴力的な匂いが、冒険者たちの理性を完全に焼き切った。
「くそっ、買ってやるよ! 銀貨1枚だろ!」
「こっちは銀貨2枚だ、二本よこせ!!」
「おい難民、俺のぶんはあるだろうな!?」
「ひゃわわわっ! ボ、ボスぅ! 銀貨が! 銀貨が雨のように降ってきますぅぅ!」
リリスが涙目でパニックになりながら、冒険者たちが投げ出す銀貨を両手で必死に掻き集めている。
あっという間だった。
俺たちが狩ってきた三匹分のホーン・ラビットの肉(約30本分の串)は、ものの数分で完売。
売上は『銀貨30枚』。日本円にして約3万円の荒稼ぎだ。
「はっはっは、毎度あり! 今日はもう売り切れだ!」
「ふざけんな! まだ食い足りねえぞ!!」
「明日も来るんだろうな!? 絶対に来いよ!!」
タレの虜になった冒険者たちの熱狂を背に、俺は囲炉裏を片付け始めた。
とりあえず、当面の生活費と「初期投資」の回収には成功した。だが、マグローザ漁船行きの借金90万円(金貨90枚)を返すには、こんなチマチマした串焼き屋をやっている時間はない。もっと大きく、一気に稼ぐルートが必要だ。
「……にーちゃん、ええ匂いさせとるやんけ」
不意に。
背後から、コテコテの関西弁が聞こえた。
振り返ると、派手な着物に身を包んだ、細身の男が立っていた。頭にはピンと立った猫耳、手には黄金の算盤。そして口元には、煙管を咥えている。
「その『黒い汁』……ただの泥水やないな。わいの『神眼』が、それが銀貨の山に化けるって言うとるわ」
男の鋭い瞳孔が、俺の持つタレの小瓶と、俺自身を値踏みするように細められた。
その胸元には、大陸の経済を牛耳ると噂される巨大企業『ゴルド商会』の、それも上級商人であることを示すゴールドランクの紋章が輝いていた。
「わいはニャングル。ゴルド商会の商人や。……にーちゃん、ちょっとわいと『ええ商売』、せえへんか?」
怪しい猫耳商人が、ニヤリと笑って俺に手を差し出してきた。
俺は仮面のない素顔で、同じように不敵な笑みを返した。
「……いいぜ。だが、俺の『現代知識』は高くつくぞ?」




