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第五章『借金90万とポンコツ女神のポポロ村スローライフ』

「神様を倒したら、女神のコタツ部屋に拉致されて90万円の借金を背負わされた件」

 神殺しの特大魔砲をぶっ放し、世界がオープンワールド化した、あの最高のエンディングの直後。

「――っ、てて……」

 俺が次に目を覚ましたのは、見知らぬ新大陸の平原……などではなかった。

「あ、起きた? お疲れー」

 目に飛び込んできたのは、毛玉だらけの芋ジャージ。

 足元には健康サンダル。手には缶ビール。そして、口元から細いピアニッシモ・メンソールをくゆらせている、どこにでもいそうな「休日のオバサン」だった。

 いや、オバサンと言うにはあまりに若く、神々しいほどの美貌を持っているのだが……そのだらけきったオーラが、すべてを台無しにしている。

「……ここは? 俺の仲間たちはどうした?」

 俺は起き上がり、周囲を見渡した。六畳一間の和室の真ん中に置かれた、みかんの乗ったコタツ。壁には『朝倉月人 全国ツアー』と書かれたポスターがデカデカと貼られている。

「ああ、銀髪のワンちゃんと天才メカニックの子なら、新大陸で元気に冒険ヒャッハーしてるわよ。アンタだけ、私がこっち(天界の休憩室)に引っ張ってきたの」

 女神ルチアナは、コタツでゴロゴロしながら鼻をほじった。

「引っ張ってきた? なんで俺だけ……ってか、なんだよお前」

「私? 一応、この世界を創った創造女神ルチアナ(永遠の17歳)だけど」

「17歳の部屋から加齢臭とタバコの匂いがするわけねえだろ」

「うっさいわね! 激務のストレスなのよ!」

 ルチアナは缶ビールをあおり、ドンッとコタツを叩いた。

「ま、ゼロのバカを消去してくれたことには感謝してるわ。あいつ、真面目すぎて息苦しかったのよねー。……で、アンタに報酬ごほうびをあげようと思って」

「報酬? 悪いが、俺の5億エールとシステム権限を元に戻してくれればそれでいい」

「あー、前のチート? 無い無い。あんなのバグみたいなもんだから、ゼロが消えた時点で全部リセットされちゃったのよねー」

 ルチアナは悪びれもせずヒラヒラと手を振る。

 つまり、俺は再び「レベル1のただの人間」に戻ったということだ。

「その代わり、地球出身のアンタにとって『最強の武器』を授けてあげるわ」

 ルチアナはジャージのポケットから、一枚のプラスチックカードを取り出し、コタツの上にスッと滑らせた。

「……クレジットカード?」

「そう。天界発行『ゴールド・ルチアナカード(一般用)』。これと専用のスマホをリンクさせれば、異世界にいながら『日本のネット通販』で買い物ができちゃうのよ! 凄いでしょ?」

 俺は目を丸くした。

 日本のネット通販? Amazonや楽天が使えるのか?

 だとしたら、100円の塩胡椒やライター、レトルト食品を買ってこの世界で売り捌けば、それだけで莫大な利益が出る。まさに最強の現代知識チートだ。

「……へえ、気が利くじゃねえか。限度額は?」

「100万円よ」

「悪くない。で、初期残高は?」

 俺の問いに、ルチアナはふいっと目を逸らし、タバコの煙を吐いた。

「えーっと……残りの利用可能枠は、**『10万円』**ね」

「……は?」

「だから、10万よ」

「限度額100万で、残りが10万? ……お前、90万何に使ったんだよ」

 ルチアナは、壁のポスター(朝倉月人)をチラッと見て、咳払いをした。

「ソシャゲのガチャとか、月人君の限定ライブブルーレイBOXとか、エステ代とか……ほら、女神も色々と出費が激しいのよ」

「知るか!! なんで俺がお前のオタ活の借金背負わされてんだよ!」

「アンタが代わりに払ってよ! このままじゃ今月末の引き落としで私、ブラックリスト入りしちゃうの!」

 ルチアナが逆ギレ気味にコタツから身を乗り出してくる。

「断る。俺は新大陸に戻って……」

「毎月27日が引き落とし日よ。もし期日までにアナステシアの通貨(金貨1枚=1万円換算)で口座に入金できなかった場合、強制執行プログラムが発動するわ」

「強制執行?」

「カードの所持者は、身ぐるみを全部剥がされてスーツケースに詰め込まれ、シーラン国の『マグローザ漁船』に片道切符でドナドナされるわ」

「えげつねえなオイ!!」

 海中国家シーランのマグローザ漁船。借金取りに捕まった男たちが行き着く、死亡率激高の地獄のタコ部屋労働じゃないか。

「だから、アンタのその知恵で、残りの『枠(10万円)』を使って異世界で商売して、私の借金90万をチャラにしてちょうだい! 頼んだわよ!」

「ふざけんな! 返せ! 俺をあの熱い仲間たちのところへ帰せ!!」

「あ、そうそう。もう一つ渡しとくものがあったわ」

 俺の抗議を完全に無視して、ルチアナはコタツの横でみたらし団子をモグモグと食べていた少女を引っ張り出した。

 ピンク色の「初心者マーク」が刺繍されたジャージを着た、健康サンダル履きの女の子だ。

「ひゃいっ!? な、なんですか先輩?」

「リリス。あんた、今日付けでクビね。はい、解雇通知書」

「ええええええええっ!?」

 見習い女神のリリスが、団子を落として絶叫した。

「最近、天界も不景気でねー。人件費削減よ。アンタ魔法もよく失敗するし、お菓子ばっかり食べて燃費悪いし。……というわけで、今日からこの男に養ってもらいなさい」

「そ、そんなぁぁぁ! 委員長ヴァルキュリアに言いつけてやりますぅぅ!」

「だーっ、うるさい! もう決まったこと! あ、リリスの持ってる『エンジェルすまーとふぉん』にクレカ紐付けといたから、二人で仲良く借金返してねー!」

 ルチアナが指をパチンと鳴らした瞬間。

 俺とリリスの足元の畳が、パカリと開いた。

「ちょっ、待っ――」

「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」

「それじゃあ、毎月27日、入金待ってるからねー! バイバーイ!」

 ルチアナの軽い声と共に、俺たちは底なしの空間へと真っ逆さまに落下していった。

          ◇

 ドサッ!!

 

「いってぇ……!」

 草むらに激突し、俺は顔をしかめながら立ち上がった。

 見渡す限り、何もない大草原だ。新大陸なのか、旧大陸の辺境なのかすら分からない。

 横では、見習い女神のリリスが「うぅぅ……お団子落としちゃいましたぁ……」と涙目でジャージの砂を払っていた。

「……マジかよ」

 俺は、リリスが首から下げている『エンジェルすまーとふぉん』の画面を覗き込んだ。

 画面には、ご丁寧にクレジットカードのアプリが開かれている。

【現在の利用残高:900,000円】

【利用可能額(残枠):100,000円】

【次回お支払い日(27日)まで:あと14日】

「あと2週間で、いくら稼げばいいんだよ……」

 マグローザ漁船(強制労働)までのタイムリミットが、容赦なくチクタクと音を立てている。

 5億エールの最強チートから一転。

 俺の新しい冒険ビジネスは、ポンコツ女神一人と、借金90万と、「残枠10万円のネット通販」という、絶望的な状況から幕を開けたのだった。

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