EP 9
「リスナーの熱狂でサーバーを落としてみた 〜そして、BAN解除〜」
ピキッ……ピキキキキッ……。
赤いノイズを纏った透明な壁――管理者ゼロの『絶対防御壁(Error)』に、無数のヒビが広がっていく。
「ば、馬鹿な……。システムの計算外の物理質量だとしても、データを持たないただの鉄クズが、僕の権限(壁)を破壊できるはずがない……ッ!」
ゼロの余裕に満ちた顔が、初めて明確な恐怖と焦燥に歪んだ。
「計算外なのは鉄クズの重さだけじゃねえ。……画面の向こう側の熱気(想い)を計算に入れなかったお前の負けだ!」
俺は血だらけの拳を握り締め、叫んだ。
「いっけェェェェェェッ、リズ!!」
「これで、最後ォォォォォッ!!!」
リズが獣の咆哮を上げ、鉄塊ハンマーにありったけの力と、ポーションエンジンの最後の一滴を注ぎ込む。
――パァァァァンッ!!
限界を超えたエンジンが爆発し、その推進力とリズの膂力が、完全に壁の耐久限界を突破した。
ガシャァァァァァァァンッ!!!
ガラスが砕け散るような派手な音と共に、絶対に壊れないはずの赤い壁が、粉々に吹き飛んだ。
「がぁぁぁっ!?」
防御を破られた余波と、数トンの質量兵器の衝撃波をモロに食らい、ゼロの体が軽々と宙を舞い、荒野の岩盤に激突する。
純白のスーツが汚れ、銀髪が乱れる。無敵の管理者が、初めて泥にまみれた瞬間だった。
「はぁっ、はぁっ……! や、やりました……!」
リズはハンマーの柄から手を離し、その場にへたり込んだ。両腕は限界を超え、微かに震えている。
「やった……やったよボス! ボクたちのアナログが、神様に勝ったんだ!」
ジゼルが涙声で叫ぶ。
だが。
「……ふざけるな。ふざけるなァァァァッ!!」
土煙の中から、顔を半分赤黒いバグノイズに侵食されたゼロが立ち上がった。
彼の目は血走り、完全に理性を失っていた。
「たかがNPCと、バグの分際で! 許さない、世界ごと初期化してやる!!」
ゼロが両手を天に掲げると、上空の空間が巨大な渦を巻き、世界を真っ白に塗り潰すような極大の光が収束し始めた。
管理者権限の最終形態、世界そのものの削除コマンド。
防ぐ手段はない。リズもジゼルも体力の限界だ。
(……だが、タイミングは完璧だ)
俺は、天を仰ぐゼロを見て、仮面のない素顔でニヤリと笑った。
「なあ、ゼロ。お前、さっきから『重い』と思わなかったか?」
「……何?」
「この荒野の周囲、安全圏に退避した何百万って数の俺のリスナーが……今、この瞬間の激闘を見て、どれだけ『熱狂』してるか、想像したことあるか?」
その瞬間。
ゼロの頭上の光が、チカチカと不気味な明滅を始めた。
「な……魔法が、構築できない……?」
「ジゼルが作ったアナログ回線を通じて、世界中の視聴者の熱狂(魔力波)が、今このサーバーに一極集中してるんだよ。……お前が言う『計算外のデータ』が、数百万件もな!」
俺の言葉を証明するように、荒野の彼方から、地鳴りのような大歓声が響き渡った。
『アノニマス!! アノニマス!!』
『神様なんかぶっ飛ばせ!!』
『俺たちの最高のアジトを返しやがれ!!』
世界中の民衆の怒り、祈り、そしてエンタメへの熱狂。
それらが不可視の莫大なトラフィック(データ量)となって、この世界のシステムを許容量の限界まで圧迫していた。
『System_Error... Capacity_Over...』
虚空に、無数の警告メッセージが浮かび上がる。
「や、やめろ……! システムが落ちる! 僕の権限(Admin)が……!!」
ゼロが頭を抱えて絶叫する。
そして。
ピィィィィン……ッ。
サーバーが落ちる音。
ゼロを覆っていた「管理者権限」の赤いオーラが、完全に消失した。
それと同時に、俺の視界を覆っていた【アカウント凍結(BAN)】の忌まわしい赤いウィンドウが、パリンと音を立てて砕け散った。
【システム過負荷により、管理者権限が一時的にダウンしました】
【アカウントの凍結を強制解除します】
視界の端に、見慣れた青いインターフェースが復活する。
【全スキル・インベントリアクセス:復旧】
【所持金(スパチャ残高):523,000,000 pt:復旧】
「……待たせたな、視聴者諸君」
俺は、インベントリから新しい『道化の仮面』を取り出し、顔に装着した。
血まみれのコートから、新調した漆黒のコートへ、一瞬で『着替え(装備変更)』を済ませる。
「ボス……!」
「ああ、お前ら。最高の仕事だったぜ。……あとは、ボスの奢りだ」
俺は、権限を失い、ただの無力な存在となって震えるゼロを見下ろした。
「さて、クソ運営。アカウント復活のお祝いだ」
俺は、システムダウンの隙を突き、5億エールのスパチャを全額注ぎ込んで『配信者ショップ』の購入ボタンをタップした。
【アイテム名:概念破棄・神喰らいの魔砲】
【価格:500,000,000 pt】
【効果:対象の存在データそのものを、因果律から完全に消去する】
俺の手の中に、星の光すら吸い込むような、漆黒の巨大な砲塔が実体化する。
「さあ、本配信のクライマックス(エンディング)だ」




