EP 5
「所持金ゼロ、武器ゼロ。それでも配信者(俺)には『リスナー』がいる」
全身の骨が軋み、肺が焼けるように痛む。
視界は血と泥で霞み、起き上がることすら困難だった。
「……っ、痛ぇな……」
王都から遠く離れた、名もなき荒野。
大気圏で分解した『シャドウ・サテライト』の残骸の山の中で、俺は瓦礫を退けて這い出した。
いつも着ていた漆黒のコートは焼け焦げてボロボロになり、顔を隠していた道化の仮面も、どこかへ吹き飛んで消えてしまった。
目の前の虚空には、真っ赤なシステムウィンドウが幾重にも重なって表示されている。
【アカウント凍結(BAN)継続中】
【全スキル・インベントリアクセス不可】
【現在地:特定不能】
【生命維持機能:低下中】
「ははっ……見事なもんだ。本当にすっからかんじゃねえか」
俺は自嘲気味に笑い、血を吐き出した。
システム管理者・ゼロ。あいつの言う通り、チート(資金)とシステム装備を奪われた俺は、ただの「レベル1の無力な人間」でしかない。S級の魔獣と殴り合う力も、天才的な兵器を作る技術もない。
(だが……あいつは一つだけ、根本的な勘違いをしている)
俺は痛む足を引きずり、サテライトの瓦礫の中から『あるもの』を探し出した。
それは、ジゼルが「非常用」として組み込んでいた、システム(世界律)に依存しない完全なアナログ無線機。
魔力もシステムも使わない。ただの「電波」を飛ばすだけの、時代遅れのガラクタだ。
「……アイテムも金も、俺の本当の力じゃない。俺の武器は……最初から『これ』だけだ」
俺はひしゃげた無線機のスイッチを強引に押し込み、自身の微かな魔力をバッテリー代わりにして直結させた。
バチッ、と火花が散り、スピーカーからノイズが鳴る。
映像は送れない。音声だけだ。
だが、今の俺が構築した『広域・魔導ネットワーク』の残滓があれば、このアナログ電波を世界中の端末に「強制割り込み」させることができるはずだ。
「……よぉ、視聴者諸君。アノニマスだ」
俺は、血に濡れたマイクに向かって、いつものように、あくまで飄々と語りかけた。
「ちょっと派手に転んでな。映像がなくて悪いが、生放送の始まりだ」
◇
その頃。王都の広場や、旧帝国の街角。
サテライトの崩壊によって空に流星群のような光が降り注いだのを見て、世界中の人々がパニックに陥っていた。
魔導端末はすべてブラックアウトし、アノニマスの安否は絶望視されていた。
だが、突如として。
世界中の「電源の落ちたモニター」や「携帯端末」から、一斉にノイズ混じりの『声』が響き渡った。
『……金もない、武器もない。アカウントもBANされた。でも、俺の「声」までは消せなかったみたいだな、クソ運営』
「アノニマスだ! アノニマスが生きてるぞ!!」
「無事だったのか!? 一体何があったんだ!!」
街中が騒然となる。しかし、映像もなければ、コメントを打ち込むUI(画面)すらない。
『驚かせて悪かったな。実は今、この世界の「管理者(神様)」気取りのヤツに目をつけられて、全財産と家を没収されちまった。どうやら俺たちがネットで繋がりすぎて、世界の寿命が狂うのが気に入らないらしい』
俺の声が、世界中を駆け巡る。
『正直、今の俺はただのボロボロの人間だ。スパチャも受け取れないし、アイテムも買えない。……おまけに、一番大事な「相棒たち」とはぐれちまった』
王都の人々が、息を呑む。
あの絶対無敵の義賊が、初めて「弱音」のようなものを吐いたのだ。
『だから、今日は視聴者諸君に、一つ頼みがある』
俺は、荒野の風に吹かれながら、マイクを強く握りしめた。
『システムを通した金はいらない。……その代わり、お前たちの「手」と「足」を貸してくれ』
それは、システム(神)に抗うための、史上最大の『物理的クラウドファンディング』の呼びかけだった。
『俺の仲間、銀髪の獣人と、生意気なメカニック(ジゼル)が、どこかの荒野に落ちているはずだ。あいつらを助けてやってくれ。俺の代わりに、あいつらを守って、俺のところまで連れてきてほしい』
俺は、空を見上げた。
あの日、王都の民を飢えから救った。帝国の民を嘘から解放した。
その「恩」を着せるつもりはない。だが、俺たちの作ってきた「熱狂」は、絶対に嘘じゃない。
『……このふざけたクソ運営(神様)に、教えてやろうぜ。画面の向こう側にいるお前らは、ただの数字なんかじゃない。俺の最高の「共犯者」だってことをな』
ブツン、と。バッテリーが尽き、無線機の電源が完全に落ちた。
あとは、信じて待つだけだ。
◇
――沈黙。
放送が切れた直後の王都広場は、水を打ったように静まり返っていた。
システムがダウンしているため、誰もコメントを打ち込めない。同接数も可視化されない。
だが。
「……おい。荷馬車を出せ!」
広場の隅で、一人の屈強な商人が叫んだ。
「倉庫にある水と食料、ありったけ積み込め! 防寒具もだ!」
「親方、どこ行くんだよ!?」
「決まってんだろ! 俺たちにパンを食わせてくれた恩人のツレが、迷子になってんだ! 探しに行くに決まってんだろうが!!」
その声を皮切りに、王都が、いや世界が『爆発』した。
「俺も行く! 荒野の探索なら冒険者ギルドの出番だ!」
「魔導バギーのエンジンを回せ! 帝国の技術を今こそ恩返しに使う時だ!!」
「アノニマスに『物理スパチャ』を投げに行くぞォォォ!!」
システム(神)は、カナタのインベントリを凍結した。
だが、彼がこの世界にバラ撒いた「数千万人の熱狂」までは、凍結できなかったのだ。
かつてない規模の民衆が、ただ一人の配信者の呼びかけに応じ、武器と物資を手に、荒野を目指して一斉に行動を開始した。




