EP 4
「天才メカニックはガラクタの山で、たった一つの電波を受信する」
「いた、た……っ」
瓦礫の山の中で、ジゼルは目を覚ました。
全身を打ち付けた痛みに顔をしかめながら、のろのろと身を起こす。彼女が乗っていた脱出ポッドは、運悪く岩山に激突し、無残なスクラップと化していた。
「リズ……! ボス……ッ!」
叫んでみるが、返ってくるのは風の音だけだ。
見渡す限り、岩と赤茶けた土しかない荒野。
頼みの綱であるタブレット端末を取り出すが、画面は無数のヒビが入り、電源を入れてもウンともスンとも言わない。
「嘘、でしょ……。ボクのメイン端末が、死んでる……?」
ジゼルの顔から、さぁっと血の気が引いた。
彼女は天才エンジニアだが、リズのような人間離れした戦闘力はない。重いものも持てないし、走るのも遅い、ただの非力な少女だ。
今までは、カナタの『無限のスパチャ(資金)』があったから、最強のタレットを作り、最強の防壁の中で、安全に戦えていた。
だが今は違う。チート(資金)も、ラボも、仲間もいない。
カサッ……。
岩の裏から、低く唸るような音が聞こえた。
見ると、赤黒いノイズを纏った不気味な狼型の化け物――『バグ・ハウンド』が、よだれを垂らしながらこちらに近づいてくる。
「ひっ……!」
ジゼルは咄嗟に身を隠し、震える両手で口を覆った。
怖い。戦えない。どうすればいい。
脳裏に、サテライトで一人残ったカナタの姿が浮かぶ。
『生き延びろ。……必ず、迎えに行くからな』
「……バカ。アンタがいないのに、ボク一人でどう生き延びろっていうのさ」
ジゼルの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
結局、自分はカナタの金と権力に寄生していただけの、ただの生意気な子供だったのだ。彼がいなければ、何一つ自分では……。
(――本当に、そうか?)
不意に、ジゼルの心の奥底で、何かが小さく反発した。
カナタに出会う前。
ボロボロの地下室で、誰にも認められず、それでも「いつか世界を驚かせる機械を作ってやる」と、ガラクタを漁ってハンダごてを握っていた日々。
「ボクは……『シャドウ・ハウス』の、専属メカニックだ」
涙をごしごしと袖で拭い、ジゼルは顔を上げた。
バグ・ハウンドはまだこちらに気づいていない。
「アンタが迎えに来るのを待つなんて、ボクの柄じゃない。ボクが、アンタを見つけてやるんだ」
ジゼルは音を立てないように這いつくばりながら、大破した脱出ポッドの残骸へと向かった。
そして、ひしゃげたパネルを素手でこじ開け、中の配線と基盤を剥き出しにする。
指先が切れ、血が滲む。普段なら絶対にやらないような泥臭い作業だ。だが、今の彼女は痛みなど気にも留めなかった。
「通信ユニットは……ダメだ、基盤が完全に焼き切れてる。でも、魔力増幅クリスタルと、銅線は生きている……!」
ジゼルはガラクタの中から使えそうなパーツを拾い集め、自身の魔力を指先に集中させた。
魔力による疑似的な溶接。工具すらない状況で、己の頭脳の中にある『回路図』だけを頼りに、即席の通信機を組み上げていく。
(世界律が歪んでるなら、通常の魔導波はノイズに掻き消される。なら、もっと原始的な『電波』の周波数帯域なら……!)
泥だらけの顔に汗を滲ませながら、彼女は必死に手を動かした。
やがて、バグ・ハウンドが彼女の匂いに気づき、岩陰からゆっくりと姿を現した。
「ギルルル……ッ」
「……間に合え、間に合え……ッ!!」
化け物が地を蹴り、鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってくる。
その瞬間。
ジゼルは、剥き出しの銅線を、強引にクリスタルへと直結させた。
――バチィィィンッ!!
即席の通信機から、強烈な電磁パルスが放たれた。
システムに依存したバグ・ハウンドは、その原始的かつ強力な電磁波の直撃を受け、ノイズを撒き散らしながら空中で機能停止し、地面に転がった。
「はぁっ……はぁっ……!」
ジゼルはへたり込みながら、手元の不格好な「ガラクタの塊」を見つめた。
それは、ただノイズを吐き出しているだけの、粗末な受信機。
「……やっぱり、ダメか。アンタの電波なんて、見つかるわけ……」
絶望が再び彼女を覆い尽くそうとした、その時だった。
『――ザザッ……ピーッ……聞こえ、るか……』
ガラクタのスピーカーから、ノイズ混じりの、ひどく掠れた声が響いた。
ジゼルは弾かれたように顔を上げ、受信機を耳に押し当てた。
『……よぉ、視聴者諸君。アノニマスだ。ちょっと、派手に転んでな』
「あ……」
ジゼルの瞳から、再び涙が溢れ出した。
今度は、絶望の涙ではない。
『……金もない、武器もない。アカウントもBANされた。でも、俺の「声」までは消せなかったみたいだな、クソ運営』
声の主は、間違いなくカナタだった。
ひどく傷ついているはずなのに、その声には一切の絶望がなく、不敵な笑みすら混じっていた。
「……バカ。生きてるなら、早く言いなよ……っ」
ジゼルは受信機を抱きしめ、声を上げて泣いた。
だが、その顔にははっきりとした闘志が宿っていた。
「待っててよ、ボス。……ボクの最高傑作を壊したあいつを、絶対に許さないんだから」
天才メカニックは、ガラクタの山の中で立ち上がった。
泥だらけの手には、世界で唯一、カナタの声を繋ぐ『希望』が握りしめられていた。




